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「今日の仕事は、楽しみですか。」

これはユーザーベースグループのアルファドライブが展開する広告です。これを、品川のコンコースで大量に出稿したところ、SNSで炎上し、1週間の出稿の予定が1日で出稿停止になりました。「仕事がつらい人の気持ちがわかってない」などといった批判があったようです。

広告を作ることは簡単ではありません。普通の表現だと全く広告として機能しないため、若干奇異な角度からの表現や視点で、無関心な人の目を引く必要があります。しかし、この角度が行き過ぎると広告が炎上することがあります。せっかくコストをかけて行った広告が炎上しては、元も子もありません。

この広告はなぜ炎上したのでしょうか。どのようにしたら防げたのでしょうか。品川駅のコンコース、別名「社畜回廊」と呼ばれる通路で、挑発的な内容の広告出稿が問題なんだ、という意見もあるかと思いますが、まさかこのような内容が炎上するとは広告出稿主としても思ってもみなかったのではないでしょうか。ここに広告の難しさがあるように思われます。

その一方で、客観的に、なぜこれを広告で出稿できると思ったのか、と首をかしげたくなるものがあります。例えば、2017年7月4日に公開された宮城県が中心となって制作した「仙台・宮城【伊達な旅】夏キャンペーン2017」のPR動画「涼・宮城(りょうぐうじょう)の夏」です。
動画では、当時性的な魅力を前面に出し大活躍していた壇蜜さんによる「ぷっくり膨らんだ、ず・ん・だ」「肉汁トロットロ、牛のし・た」「え、おかわり? もう~、欲しがりなんですから」というセリフや、亀の頭が大きくなる描写がありました。観光地の広告に性的な隠喩があり、下品な性的表現が含まれているとして批判の声が集まり、配信停止に至りました
なぜこのような性的なCMができたのでしょうか。だれかこのような広告をストップすることはできなかったのでしょうか。

そこで、この事件を題材にガバナンスの観点から考えてみたいと思います。

1.ゴール設定のミス

ガバナンスで最も重要なのはゴール設定です。適切なゴールがあって初めて適切にガバナンスのサイクルが回ることになります。

そもそも県のPR動画の目的は、宮城県に関心を持っていただき、人を誘致することなはずです。そのためには宮城県の観光地や特産品を紹介したり、ローカルの人の魅力を伝えることが王道です。広告ということで若干奇をてらったのかもしれませんが、少なくとも上記のCMの目的を考えれば(エロが好きな男性誘致の目的以外であれば)性的な魅力を振りまく動画にはならないはずです。

しかし、宮城県の村井知事は動画を公開前に見た際に、炎上商法であるかのように、「どんどん厳しいことを言ってアクセスを伸ばしていただきたい」などと発言されたようで、宮城県のゴール設定は「バズること」にあったのかもしれません。そうだとすると、エロの視点を入れたPR動画や、この炎上商法のような手法は近道でしょう。最終的に配信停止をしたとしても動画は150万回以上再生されたようで、宮城県は、このようなゴールは達成したのかもしれません。たとえ正統派のPR動画を制作しても誰の目にも止まらなければ意味がないという点では、たしかに「バズる」かどうか、すなわちアクセス数という量的なゴール設定は重要です。しかし、同時に質的なゴール設定も求められるのであり、県の環境PR動画のゴール設定としての正当であったかは、疑問といわざるを得ません。

仮にそのようなゴール設定が正当であったとしても、炎上した場合のリスクアセスメントや対応の事前検討はしておくことが必要だったと言えるでしょう。適切なリスクアセスメントがなされればこのような動画の公開は避けられたかもしれませんし、仮に炎上したとしても火に油を注ぐような会見にはならなかったのではないでしょうか。

2.制作段階でのマルチステークホルダーによるガバナンスの欠如

ガバナンスの基本は、マルチステークホルダーとの対話です。地方議員や地方公務員も様々な方がいるとは思いますが、それでもやはり基本は年配男性が牛耳る狭い世界です。また、広告代理店もやはり男性優位の業界です(一例として、宮城県の広告が出稿された2017年末日時点の大手代理店電通のデータ参照。)。

「育ってきた環境が違うから好き嫌いはイナメナイ」と山崎まさよし作詞の「セロリ」の歌詞にあるように、人それぞれ生きてきた時代や環境が違うために、人それぞれ好き嫌いが変わります。宮城県の広告がどのようなチームで作られたかは明らかではありませんが、攻めたPR広告を作る場合には特に炎上するリスクは高くなるわけですから、その分多様性のあるチーム編成で制作することが重要なはずです。

一部報道では、宮城県は、制作の経緯について「動画の納品前には女性職員を含む観光課職員が確認したが、修正などの意見はなかった」と報じられています。しかし、県の一女性職員が確認したとしても、果たして動画の検収段階で抜本的な変更が求められるPR動画の方向性について「ノー」ということができたのかは極めて疑問です。

マルチステークホルダーのガバナンスは形式だけそろえても意味がありません。実際にマルチステークホルダーが意見を自由に言える環境を作り、その意見を意思決定に取り入れ、アジャイルに改善できない限りは絵に描いた餅でしかありません。宮城県の炎上の理由の一つに、制作段階でのマルチステークホルダーガバナンスの欠如もありうるように思われます。

もっとも、例えばそもそも女性が職場にいないなど、マルチステークホルダーによるガバナンスが適切に機能しない場合も存在します。そのような場合には、例えば女性を含む多様な受け手を想定してサンプリングし、これらの者に限定し試験的に広告を公開し反応を検証した上で、公開の決定や内容の修正など、アジャイルにガバナンスを効かせることも考えられるでしょう。冒頭の「今日の仕事は、楽しみですか。」という広告の炎上についても、仮にこのような試験的な公開をする検証プロセスを経ていたとすれば、炎上を防げたのかもしれません。

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もちろん炎上の原因は複合的であり、以上の2つに収斂されるものではありません。しかし、もしも適切にゴール設定がされ、マルチステークホルダーによるガバナンスが行われていたら、炎上は避けられたのではないでしょうか。炎上広告が生まれる理由の一つには、適切にかつアジャイルにガバナンスを実践できていないところにあるかもしれません。

 

 

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