父の遺言
父が他界したのは私が17歳、高校3年生のときだった。高校2年生のときに大好きだった祖父が亡くなり、それからまもなく発覚した父の病気。40代半ばと若かったこともあり、病気がわかってから他界するまで、ほんの半年ほどだったと思う。
ようやく祖父がいないことに慣れた頃だったのに、父までいなくなってしまった。家の中の空気がガラリと変わってしまった。
父は中学校の教諭で、担当は国語。家にはたくさんの書棚があり、たくさん本が並んでいた。書くことが好きだった父は、大学時代の友人たちと同人誌を発行したり、自費出版で2冊の随筆集を出したりもしていた。
うち1冊は病気がわかってから書いた原稿をまとめたもの。父が他界してから、あらためて読んだとき、私は「もっと家族へのメッセージを書いてくれていたらよかったのに」と思ったような記憶がある。
ドラマの見過ぎなのかもしれないけれど、人は病気がわかったら、特に若い人が病気になったら、家族や大切な人への遺言めいたものを残すものだと思っていた。その言葉を頼りに、遺された人は生きていくのだと。
でも、今となっては、遺言を残さなかった父にとても感謝している。言葉はときに人を癒し、救うものにもなりうるけれど、ときに人に呪いをかけるものにもなる。
父が「こんな人になってほしい」「こんな人生を歩んでほしい」もしそんな言葉を私に残していたら、私はやはりその言葉に囚われていただろう。その言葉を実践するか、実践できずに悩むかはわからないけれど、囚われるという点では同じだったはず。
遺言は残さなかったけれど、父の残した言葉は随筆集の中にある。もう何十年もページをめくらずにいたけれど、そろそろまた読んでみようかな。なんだかそんな気持ちになっている今。