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ドラマ【日本一の最低男 ※私の家族はニセモノだった】名台詞集
2025年1月期 フジテレビ木曜ドラマ「日本一の最低男 ※私の家族はニセモノだった」より、心に残った台詞をまとめました。
*鑑賞時に書き起こした台詞を記録しているため、表記や文言は脚本と異なる場合があります。恐れ入りますがご了承いただけますようお願いいたします。
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●名台詞集
まだまだずっと照らしてくれるから
-今永都「かっこいいね、お母さん。治療頑張りながらこんなに太陽みたいに笑えるなんて、ひまりちゃんのお母さんかっこいいよ。」
-小原ひまり「太陽?」
-今永都「うん。」
-小原ひまり「じゃあ、ずっと夜だよね、太陽がなくなったら。ずっと冬だよね。もううちには、朝も春も来ないよね。」
-今永都「…。ひまりちゃん知ってる?今地球に届いてる太陽の光がいつ生まれたか。」
-小原ひまり「知らない。」
-今永都「十七万年前だって。わけわかんないぐらいすごいよね。太陽の真ん中で生まれた光は、十七万年かけて地球に届くんだって。まだまだだよ、ひまりちゃん。まだまだずっと照らしてくれるから、お母さんの光。まだまだずっと届くから。私はお母さんの代わりには、ひまりちゃんちの太陽にはなれないけど、お母さんが届けたい光がまっすぐひまりちゃんに届くように、うん、風。ふーって雲を吹き飛ばす風にはなれる。なれるし、なりたい。ならせて。」
生理用品が必要となったが正助に言い出すことが出来ず、都にも相談のタイミングを逃し、スーパーで万引きをしてしまったひまり。
ひまりに寄り添った都が、ひまりに言った言葉です。
亡くなったひまりの母親は、入院中にひまりの今後を思い、生理用品の使い方を教えようとしていました。
しかしひまりは、それを今教わったらお母さんが死んでしまうのではないかと思い、その時が来たら教えてほしい、その時まで生きているよねと、その場で教えてもらうことを拒んだ過去がありました。
そんな母親とのエピソードをひまりから聞いた都は、上記の言葉をかけました。
第4話にて都は、子を持たない人生を選択した一人の女性として、子を持つ友人との再会などもあり、自分が選択した人生がこれでよかったのか、このままでよいのか、揺らぐところが垣間見えました。
そんな中で今回ひまりに一番寄り添うことが出来たのは、女性だった都。
親にならなくとも子どもを支え育てていくことは出来るし、子どもにとってはやはり大人との関りは人生において重要で、そこには同性であることがプラスになるシーンもある。
ひまりと都。
出会いを通じてお互いが救われる、そんな印象的なシーンでした。
そして、太陽の光について。
太陽や星の光はずっと昔に生まれたもの。
それを絡めた台詞や、"明けない夜はない" "冬の次には必ず春が来る"、そういった台詞はよくありますが、今回の台詞のように、"今も光は届いている" "風にはなれる" という切り口の台詞は新鮮で、これまであまり出会わなかったように思います。
存在がずっとそこにあること、どんな立場でも関わり合っていけること、そのぬくもりが伝わってくるような、とても素敵なシーンでした。
ならなきゃね、本当に。かっこいい大人。
-小原ひまり「こども食堂、やるの?私も手伝っていい?」
-今永都「え?」
-小原ひまり「私、都さんみたいになりたいから。都さんみたいなかっこいい大人に。」
(弟に呼ばれて弟の方へ走っていくひまり。その後ろ姿を見ながら、)
-今永都「ならなきゃね、本当に。かっこいい大人。なれるよね?子ども産まなくても。」
-小原正助「当たり前じゃないですか。もうなってますよ。」
-今永都「まだだよ。私が自分でそう思えなきゃ。」
-大森一平「なれんじゃね?いつか。」
「都さんみたいになりたい」
ひまりにそう言われた都の言葉です。
誰かの真ん中で生まれたもんはいつか届くようになってる
-大森一平「じゃあなるんじゃね?いつか。学校じゃ卒業したら終わるし、"みんなが一番好きな自分でいれる街"だな。いや国だな。世界だな。」
-今永都「えー?」
-大森一平「マジで。誰かの真ん中で生まれたもんは、いつか届くようになってる。」
-今永都「いつかって?」
-大森一平「都、知ってる?太陽の真ん中で生まれた光が地球に届くまでの時間。」
-今永都「え、わかんない。」
-大森一平「十七万年。」
-今永都「十七万年?」
-大森一平「わけわかんねえよな。けど、届いてるじゃん。」
ひとつ前に掲載した「なれんじゃね?いつか」という一平の言葉を聞いた都が思い出した、学生時代の回想シーン。
「"みんなが一番好きになれる学校に"というスローガンを掲げて生徒会長に立候補した一平と都の当時の会話です。
大人が増えるとやっぱりやれること増えるね
「大人が増えるとやっぱりやれること増えるね。」
正助の勤務先である保育園の労働体制がなかなか改善されず、意を決してストライキを実行することに決めた正助と一平。
その間、二人だけで子どもたちを預かっていた正助と一平でしたが、退職を考えていた他の保育士たちの助けを得て子どもたちが望む運動会を開催することが出来た時に、一平が言った言葉です。
成し遂げられることがたとえ小さな一歩だったとしても、一人よりも二人、二人よりも三人と、仲間が増えれば、もう一歩また一歩と進んでいくことが出来る。
この台詞のシンプルさが、とても好きでしたし、印象に残りました。
傷なんて癒さなくても抱えたまま生きていける
-今永都「とにかく、安心させてあげて。」
-大森一平「安心?」
-今永都「傷なんて癒さなくても、抱えたまま生きていけるって。」
幼い頃に離婚していなくなった実の父親に対して想いを抱えているひまりについて、都が一平に話した時の言葉です。
利用じゃなくて愛情で繋がっていたい
-小原正助「僕、ひまりのことも利用しちゃってますね。ひまりがずっと一緒にいてくれるのは僕だからって、ひまりを僕の安心に使っちゃってるみたいな。そもそも選択肢すら渡せてないのに。」
-大森一平「うん…利用しちゃだめかな?」
-小原正助「え?」
-大森一平「人ってさ、どっかしら利用し合ってんじゃないの?」
-小原正助「社会はそうかもしれないですけど、でもだからこそ家族は、利用じゃなくて愛情で繋がっていたいんです。少なくとも僕の家族は。」
ひまりの実の父親のことについて積極的に話をしようとしてこなかった正助が、ひまりが秘めている想いに気付き、一平の前で言った言葉です。
心が無くても言えるじゃん
-真壁考次郎「なあ。なぜ昔からずっとさ、家庭内での家事労働には賃金が支払われないんだと思う?」
-大森一平「え?」
-真壁考次郎「賃金の代わりに愛情が支払われるからだよ。」
-大森一平「でた。愛情。」
-真壁考次郎「家族のために用意をしました、「ありがとう」「美味しいね」と喜ばれることによって愛情は対価として支払われる。支払われなかったらタダ働きだ。当然不満も溜まってくる。」
-大森一平「今おふくろが男つくって家出てった理由が分かった。」
-真壁考次郎「もちろん中には家事そのものに喜びを感じるいわゆる内発的動機付けをする人もいるだろうけどな。」
-大森一平「結局それってさ、利用させてもらった対価を愛情で支払うってことだよね?愛情で支払えばそれは利用じゃなくなるってこと?つかおかしくね?心が無くても言えるじゃん、「ありがとう~」とか「うわっ美味しいね~」とか。俺全然言えるよ、タダだし。むしろ利用してやろうって思った時ほど言うだろうな。」
人が人を利用することについて真壁と話していた時の、一平の言葉です。
お金は可能性です
「お金は可能性です。お金がなきゃ開かない扉がいっぱいあります。」
ひまりの実の父親・康太の言葉です。
離婚してからひまりの前に姿を現すことのなかった康太が、ひまりが出演していたテレビ番組を見て以降、都の店周りに現れるようになり、再会した一平と同席した正助。
康太は事業が上手くいかず、自身の生命保険金をひまりに残すため、最悪の選択をしようとしていました。
お金は可能性。だから、自分が残せるたったひとつの可能性であるお金を、ひまりに最後に残したい。
苦労した康太の切実な叫びが、痛いほどでした。
死んで嬉しいなんてそんな社会は間違ってる
-大森一平「嬉しいのはあんただけ。いやその嬉しいも錯覚。言うからな俺、ひまりに。その金はあいつが自分で死んで作った金だって。喜ぶと思うかひまりが。喜ぶわけねえだろ馬鹿!馬鹿にすんじゃねえぞひまりを!いいじゃん別にさ、陽菜のこと利用したってさ。利用から始まったってさ、利用してんだけどさ、これからもする気満々だけど、一緒にいるとなんか、あるじゃん。どうしようもなく勝手に生まれちゃうなんか。嬉しそうにしてたらこっちも嬉しくなるとか、辛そうにしてたらなんとかしてやりたくなっちゃうとか。世界ではそれを愛って呼ぶんじゃねえの?」
-小原正助「…大事なところパクりできましたね。」
-大森一平「パクりじゃない、引用!悪いけど、俺はあんたを利用する。あんたの孤独とか不安とか絶望とかそういうの全部選挙に利用させてもらう。正助くんも利用しな。なんか呼び出したい時あったら呼び出して使ってやればいい。ばっくれてたひまりの養育費払えよきちんと。保険金じゃなくて、なんでもいいから働いて金貯めてまた会社作って、そのなんとか長屋、再挑戦しろよ。いいよそれ。官民連携出来そうじゃん。俺が当選したら動くから。利用しろ俺を。いいじゃんそうやってなんだかんだ生きてりゃ。あんたも、俺も、みんながなんだかんだ生きれる街を俺が作るからさ。まだ当選してないけど。死んで嬉しいなんて、そんな社会は間違ってる。」
ひまりのために自分の保険金を残そうとしたひまりの実の父親・康太に、一平が言った言葉です。
みんなが頑張らなくていい場所はみんなでちょっとずつ頑張って作る
-大森一平「親父の時代が異常だったんだよ。おふくろのこと家に閉じ込めてこきつかって、おふくろが出てったら今度は陽菜のことこきつかって。」
-大森平蔵「外で働いて帰ってきてんだ俺は!うちでくらいゆっくり、」
-大森一平「じゃあおふくろや陽菜はどこに帰ってどこでゆっくりすりゃいいんだよ!…とか言って、俺も何もしなかったけど。家のこととか親父のこととか陽菜に任せっきりで。けどわかったんだよ、間違ってたって。正助くんとひまりと朝陽と一緒に暮らして。みんなが頑張らなくていい場所は、みんなでちょっとずつ頑張って作るもんなんだって。」
いわゆる一昔前の"父親"像そのままのような一平の父・平蔵に、一平が言った言葉です。
不機嫌巻き散らかして機嫌とってもらって安心してた
-大森一平「伝わんないって、思ってるだけじゃ。」
-大森平蔵「思ってるだけで伝わるのが家族だって女房だって思ってたかったんだよ!不機嫌巻き散らかして機嫌とってもらって安心してた。俺はそういう価値のある人間だってな。わかってるよ!俺の人生は間違ってた!けどな、もうやり直せねえ年になって、答え知っても…」
-大森一平「親父、」
-小原正助「答えじゃないし間違ってもないです。お父さんはただその時代の価値観を生きてきただけで、きっといつかは今の価値観も変わって、でもその時に、お前の人生間違ってたなんて言われたら悲しすぎます。変化が正しい方に向かってるかどうかなんて本当は誰にもわからないし、だから、答えじゃないです。」
自分の生き方を悔いる一平の父・平蔵の言葉です。
時代の変化や世代感ギャップを描くドラマが多くある中で、今回の平蔵のように、変化に対応出来ていない側のもどかしさをまっすぐに台詞にしていたのが印象的なシーンでした。
以上、ドラマ「日本一の最低男 ※私の家族はニセモノだった」の名台詞集でした。