【人身事故】なぜ鉄道のホームドア設置は進まないのか
こんにちは。私は首都圏某駅で駅員をしている者です。今回は題名の通り、人身事故とホームドア設置についてお話します。JR、私鉄を問わず、人身事故が起きると必ず話題に上がるホームドアの有無。なぜ大きな駅にはつかないのに小さな駅にはついているのか、そもそも路線全体に一気にドカンと設置出来ないのかなど、裏側を知らない一般の方からするとさながら鉄道会社の怠慢とも思えるかもしれませんが、実はホームドアの設置は非常に難しい工事なのです。今回の記事が一人でも多くの方の目に留まり、読んでいただくことで理解が深まれば幸いです。
1.ホームドア設置と駅の構造の関係
まず、ホームドアというのは非常に重量のある装置です。私もメカニックではないので確定的な事は言えませんが、Google調べでは、JR東日本が採用するスマートホームドアは、1開口部につき200kgの重さがあるそうです。つまりこれを1両に4つ扉がある10両編成向けに整備するとなると、200×4×10で約8,000kgの追加荷重となる訳です。そしてこれはあくまで1つの番線に設置した場合の話。都心部では大体2番線まではどの駅もあるので、最低でも約1.6tの追加荷重は避けられず、より大きな駅になれば番線も増えますから、追加荷重も増える訳です。
こうなってくると、特に高架化されている駅などは、設置の準備として既存の建物の耐荷重性能などから調べる必要があり、より頑丈な土台への改良工事から入らなければならない駅も多数存在します。そもそも荷重以外にも、新たに配線を組み込むなどの理由から、ほぼ全ての駅で設置前の改良工事からスタートします。まずは図面とのにらめっこから、と言うわけですね。
どうでしょう、この時点で何となく手間のかかる作業だと思えてきましたか?ですが制約と行程はまだまだ続きます。
2.限られる作業時間
図面とのにらめっこが終わればいよいよ実際の工事に入りますが、ここからは主に時間の壁が立ち塞がります。
鉄道を利用される方は何となく想像がつくでしょうが、ホームドアが設置されるような都心の路線というのは終電が夜遅くまで走っています。同様に、始発電車の時間も早いです。さらにホームドアに関する工事はどれも大掛かりなので、列車のいない深夜帯に行うしかありません。また、日中皆さんの利用の妨げとならないよう、極力資材などはホームへ放置せずに都度関係箇所から当該駅まで運んでは撤収を繰り返しています。
東京圏の終電は平均して深夜1時前後まで、始発電車は平均して朝4時過ぎから運転されます。この3時間前後の間に、資材の搬入撤収なども考慮に入れて工事を行うとなると、実作業に充てられる時間はわずか1時間半ほどにまで縮んでしまうのです。
さらに、工事を進めるからと言って無闇に運休や終電繰り上げ、乗り降りの制約などで皆さんに負担を強いるというのは、まず都心部で行える手法ではありません。
3.設置して終わりじゃない!?
さて、夜間の僅かな時間をやり繰りして何とかホームドアを設置する所まで来たとしましょう。しかしまだ終わりではありません。既にホームドアが設置された駅を利用されてる方は、ドアが開きっぱなしになっている、稼働前の物を見たことがあるかもしれません。
ホームドアというのは、よく捉えれば転落事故などを防げるものですが、乗務員などからすると今までより停止位置の制約が厳しくなるという物でもあります。今までは最悪でも列車のドアがホームにかかっていれば乗り降りが出来ましたが、これからはホームドアの範囲に停めないと乗り降りが出来なくなってしまいます。どのくらいの許容範囲かというと、平均して所定の停止位置から前後差35cmを超えると開かなくなる場合が殆どです。
いかに熟練の運転士といえど、乗車人数、天候、遅延など、列車ごとに細かく条件が変動する中で百発百中は難しいため、ホームドアの整備と並行して自動で列車を所定の停止位置に停める装置が整備される場合が多くあります。最後の行程は、この停止位置へ誘導する装置とホームドアの位置がズレていないかを確認する事です。これも当然、日中皆さんを乗せた列車で行うわけにはいかないので、終電後に回送列車などを用意して微調整を繰り返していきます。この調整を行う中で、乗務員も今までと違う感覚や機械操作に慣れていきます。
最後に
以上、簡単ですがホームドア設置までの流れを説明させていただきましたが、最後にお願いがあります。
まずは、大きな駅だから優先して設置されるものではないという事を理解してください。先に述べた新宿や渋谷のように、そもそも別件の工事が進行中であったり、地盤や建物などの都合により比較的小さな駅が優先されることもあります。1つの駅に拘っていつまでも頭を悩ませているよりも、出来る箇所から進めていったほうが結果的に整備が進む事はお分かりいただけると思います。また、複数路線で直通運転を行っていたりすると、車両の規格や両数の違い等から整備が難航する場合もあり、両数という点では新幹線でも似たような事が言えます。
次に、ホームドアをつけても人身事故を完全に防ぐ事は出来ないという事を理解してください。ホームドアというのはあくまでも、視覚障害をお持ちの方や酔客、お子さまなどの不意の転落による事故防止を目的とした物であり、明確な自殺願望がある人すら突き返す魔法の装置ではありません。どんなに工夫をしても、死にに来る人は来てしまうのです。こちらとしても迷惑千万な話ですが、これが現実なのです。
発信力など微塵もない零細アカウントの記事ですが、最後まで読んでくださりありがとうございました。もしよろしければ、SNSやお知り合いの方などにシェアしていただき、一人でも多くの方のご理解を深めていただければ幸いです。