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【短編】ぼくの小さいおじさん

雑誌『飛ぶ教室』用に執筆した作品です。
発注から締切まで日にちがあったのと、もともと書いてみたかった中学生主人公の話ということで執筆が進み、二つの短編を仕上げました。
もちろん頼まれたのは、短編ひとつきり。二つのどちらを提出しようかさんざん迷って、より『飛ぶ教室』にふさわしいと思われる方を寄稿しました。
競り勝った『後ろの席の菊池さん』が掲載されているのは↓こちらの号です。

そして惜しくも日の目を見る機会を逃していた『ぼくの小さいおじさん』を、noteで発表させていただきます。





 さっきから腹の音がうるさい。感情豊かな音色で、僕が夕飯を抜いたことを責め立ててくる。十四歳──明日には十五歳になる健康な中学三年生の男子は一食だっておろそかにできないのだ。それは当人が一番わかっている。

「好きで抜いたわけじゃないし」

 たまらず、こぼれてしまう独り言。いつもなら、とっくに謝ってる。自分の非を認め、母にひれ伏せば、夕飯にありつけるだろう。だけど──。
 僕はスマートフォンの時計を確認し、まだ二十三時前であることに軽く絶望した。腹のお怒りを何とかしてしずめないと、このまま眠るなんて、ぜったい無理。
 何か駄菓子でも入ってないかなと通学リュックを漁っていると、リュックのポケットが勝手にふくらんだ。僕が慌てて手を引っ込めたとたん、小さな顔がポケットからポコンとのぞく。

 え、何? 僕の思考は、たっぷり五秒間停止した。

 ネズミとかリスとかハムスターとか、そういう小動物が潜んでいたのなら、まだわかる。どこかでうっかり入っちゃった可能性もゼロではないと、自分を納得させることができる。でもその顔は、どう見ても小動物じゃなかった。キメが粗く毛穴の目立つ肌の上に並んだ目と眉と鼻と口、そして側面には耳、頭には白髪まじりの髪が生え揃っていて──誰がどう見ても、がっつり人間のおじさんだ。見慣れないのは、そのサイズ感だけ。

「小さいおじさん!」

 これが都市伝説の生き物かと目をむいている僕の前で、小さいおじさんはそろりそろりとポケットから這い出してきた。ごわごわした青い布で作られた衣服は、衿や袖の形が和服みたいなシルエットで、上下に分かれている。腰に巻いた何かの植物の蔓がベルト代わりらしい。その蔓には、透明な糸が巻かれた小さな糸巻きが引っかけてあった。衣服の生地感とは逆にやわらかそうな白布に包んで背中に背負っている薄くて四角いものは何だろう? 武器か? 大きさと形状的に盾とか。
 ファンタジーっぽい装備に気を取られている僕の視線の先で、小さいおじさんは上体を少し斜めにかしげて立ち、手を振ろうとして中途半端に止めた。右手を宙に浮かせたまま、気弱な微笑みを作る。その頬に浮かんだエクボを見て、僕は「嘘だろ」と口を覆った。薄れゆく記憶の中に、微笑みでエクボを作る人が一人だけいた。

「お父さん?」

 まさかね、と冗談にする前に、体長十五センチにも満たない小さいおじさんの目が丸くみひらかれ、みるみる潤んでくる。

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