障害者差別解消法の「障害者」と性同一性障害の関係について
これの一部の補論なのですが、対象なのはBuzzfeedで書かれた遠藤まめた氏による次の記述。
松浦大悟さんの「女湯に男性器のある人を入れないのは差別」論への疑問 野党批判のためにトランスジェンダーへの恐怖を煽るのか? January 09, 2019, 08:01 GMT 遠藤まめた BuzzFeed Japan, Contributor / LGBTユースの居場所「にじーず」代表
そもそもトランスジェンダーの公衆浴場利用について同様の議論をしたいなら、「障害者差別解消法」を引っ張ってくる必要があります。
2016年に施行された障害者差別解消法における「障害者」の中には性同一性障害も含まれており、性同一性障害に該当する人はこの法律によってすでに守られている状況です。
トランスジェンダーの公衆浴場利用について差別問題になるうんぬんを議論したいなら、「障害者差別解消法」を語れ、というアッパー系のお薬をキメているかのような記述。
法律を持ち出しているので法律上のお話をしましょう。
障害者差別解消法に言う「障害者」とは
【障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律】=障害者差別解消法における「障害者」の定義は2条に規定されています。
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
一 障害者 身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害(以下「障害」と総称する。)がある者であって、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるものをいう。
二 社会的障壁 障害がある者にとって日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のものをいう。
これを性同一性障害者に当てはめるとすれば、精神障害その他の心身の機能の障害+社会的障壁+継続的に日常・社会生活上の相当な制限、ということが予想されます。
では、性同一性障害の定義はどうなってるでしょうか?
性同一性障害
「性同一性障害者」の法律上の定義は、【性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律】にあります。
(定義)
第二条 この法律において「性同一性障害者」とは、生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、心理的にはそれとは別の性別(以下「他の性別」という。)であるとの持続的な確信を持ち、かつ、自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であって、そのことについてその診断を的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師の一般に認められている医学的知見に基づき行う診断が一致しているものをいう。
性別違和+他の性別適合意思+一般的医学知見による診断が一致、という要件があります。
これが、法的な扱いになります。
なぜ、遠藤まめた氏はこの法律を挙げなかったのでしょうか?
「障害者差別解消法における「障害者」の中には性同一性障害も含まれており、性同一性障害に該当する人はこの法律によってすでに守られている状況です」という指摘は正しいのでしょうか?
※ある法律上の文言「A」が、他の法律上の文言「A」と同じ意味内容であるかは分からないということには注意。例えば「新型インフルエンザ等」の意味内容は新型インフルエンザ等特措法と感染症法とでズレがある。
一般に認められている医学的知見
「一般に認められている医学的知見医学的知見」とは、WHOの国際疾患分類 ICD-10、米国精神医学会が定めた診断基準 DSM-IV-TR、日本精神神経学会の「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン 」(2018年に第4版が発行)がこれに当たると考えられています。
性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン
「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン第4版改」(2018.1.20)
こちらの1256-1257頁に、性同一性障害の診断の手順について書かれていますが…
1)ジェンダー・アイデンティティの判定
2)身体的性別の判定
3)除外診断
大きくこれらの手順を示しています。
1)ジェンダー・アイデンティティの判定における「⑵ 性別違和の実態を明らかにする」という項目に関しては「DSM-Ⅳ-TRや ICD-10を参考にしながら…」とありますが、これらのみで判定するということではないということです。
そして、「3)除外診断」においては以下の記述があります。
①統合失調症などの精神障害によって,本来のジェンダー・アイデンティティを否認したり,性別適合手術を求めたりするものではないこと.
注:統合失調症など他の精神疾患に罹患していることをもって,画一的に治療から排除するものではない.症例ごとに病識を含めた症状の安定度と現実検討力など適応能力を含めて,慎重に検討すべきである.
②反対の性別を求める主たる理由が,文化的社会的理由による性役割の忌避やもっぱら職業的利得を得るためではないこと.
ジェンダーアイデンティティについての認識が、何らかの一時的な精神障害に基づくものである可能性を考慮せよ、ということです。
したがって、障害者差別解消法における「障害者」だからといって性同一性障害の者がそこに含まれる、ということは直ちにはならないということです。
もっとも、まったく関係ないのかというと、そのような言い切りは危険です。
平成31年衆議院厚生労働委員会「限定的な場合に含まれる」
衆議院厚生労働委員会平成31年4月26日にはこのような答弁が。
○尾辻委員 非常勤の方とかもたくさんいらっしゃいますから、しっかりと検証していただきたいというふうに思います。
そして、障害という話でいきますと、法律によって障害者の定義というのは変わっていきます。だから、障害者雇用促進法においての障害者と、例えば障害者差別解消法においての障害者というのは定義が違うわけですけれども、今回、一点確認をしておきたいことがありまして、性同一性障害は、もちろん障害者雇用促進法の中では障害者に入りませんが、障害者差別解消法においてこれは障害者というふうに当たるのかどうか、ここを確認をさせていただきたいと思います。
○川又政府参考人 お答えいたします。
障害者差別解消法に定義がございます、第二条第一号でございますが、障害者につきましては、「身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害がある者であって、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるものをいう。」と定義がございます。
性同一障害のある方につきましても、心身の機能の障害が生じており、当該障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるという場合には、この障害者差別解消法で定める障害者に含まれると解されます。
【心身の機能の障害が生じており、当該障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるという場合には】
このような限定がかかっているのがわかります。これは法律上の定義に合わせて答弁しているということが分かります。
「障害者差別解消法における「障害者」の中には性同一性障害も含まれている」と言うことが完全に間違いとは言い切れないものの、それは同法における「障害者」の定義にあたる状態にあるかどうかの話であって、性同一性障害該当性から即座に同法上の「障害者」が導かれるものではない。
したがって、遠藤まめた氏の言っていることは、ほとんど関係の無いものを同一視しているということです。
ですから、『トランスジェンダーの公衆浴場利用について差別問題になるうんぬんを議論したいなら、「障害者差別解消法」を語れ』という主張は、意味不明ということになります。
以上