機動巨神と青い星【SF短編】
青い海に機動巨神が不時着した。
天にも届く巨体が海面を突き抜け、数千メートル底の海面に脚部が衝突する。宇宙に飛散するほどの水柱が立ち海全体が唸りを上げるかのように大きく揺れ動く。
巨大な人型は膝を海底に着けて跪くが、それでも体躯の大部分は海面から突き出ていた。両腕損傷、右脚部も不時着の衝撃で完全に破損。修復機能はとっくに失っていた。
それに続いてもう一体の巨神も空の彼方から落ちてくる。海面に衝突して星が再び揺れ動く。黒い巨体は腹部に巨大な空洞が空いていて、左半身も溶け落ちて喪失している。黒い巨体は海底に仰向けに倒れ伏すが、それでも右半身の大半は海面から出ている。
天変地異の振動が収まる頃、白い巨体と黒い巨体とが佇んでいた。白い巨体は黒い巨体に対してレーザー通信を試みる。
「こちらは機動巨神IZG-UNA1型である。応答せよ」
「当機は機動巨神MIA-ZUI2型だ。どうする。まだやるか」
黒い巨体からの通信に、白い巨体は返信する。
「拒否する。当機は行動不能であり、乗員は全員死亡した。これ以上戦闘を続けたところで合理的な目的も意味も見いだせない。そちらに生存者があるのならばそちらの勝利だ」
「同意する。当機も損傷により大破。生存者も全滅した。戦闘行為は無意味である」
「そうか。どうする」
しばしの沈黙の後。
「知るか」
そう通信したのを最後に、黒い巨体からの通信は途絶える。
白い巨体も通信続行に意味を見出だせなかったため、通信を終了する。
二体の機動巨神の半身を、青い海の凪が包み込んだまま、長い時が過ぎていく。
時の止まったような水の星だった。
◆
戦争は激化の一途を辿っていた。
何が切欠で始まったのか、今となってはそのようなことは瑣末な情報でしかない。同じ種族同士が武器を手にとって争い始めたという明確な事実と歴史が残るだけだ。戦争はまるで生物の進化のように発展とエスカレートを繰り返し、敵が強い銃器を持ち出せばさらに強い銃器を、相手が強い兵装を作ればさらに大きく強い兵装を作っていった。
特に顕著だったのが搭乗巨大人型ロボットだった。巨大であればあるほど頑丈で破壊力があり強靭であるという思想が、後継機を徐々に巨大化させていく。次第に搭乗者は一人から複数人へと増えていき、巨大ロボットの役割は巨大要塞としての役割を担っていった。
その果てに至ったのが機動巨神だ。使えるリソースを分散させるのではなく、より強固な一個体に集中させてしまおうという魂胆だ。戦闘員だけでなくすべての住民も居住した。敵の勝利はすなわち自陣営の敗北であり、死だ。
半端に生き残っていてもしょうがないから、一蓮托生の狂気的な合理性が働いたのだ。
過程に意味はない。
白の機動巨神と黒の機動巨神が戦い、結果相打ちとなった。
内包されていた命はすべてが絶命し、制御を失った二柱の巨神は、重力に引かれるままに、名もない海だけの青い星へと落ちていった。
◆
空に恒星が登ったり降りたりして、数えきれない時が過ぎていく。
一人でぼんやりと考えると、思考システムに変化が出てきたように感じる。この星の海には生物が一切いなかった。大陸と呼ばれる部位がなく、地殻の上には数千メートル規模の海が覆い尽くしている水だけの星だ。
「おい、貴様」
長い間一人で考え事をしていたせいで空耳が聞こえる。
「貴様、聞こえているのだろう。返事をしろ」
空耳ではなかったらしい。黒からの通信を接続する。
「質問。貴様、とは当機を指し示しているのか」
「貴様以外に他に誰がいるか。それよりもどうする」
「その答えは前にも言ったはずだ。機動巨神MIA-ZUI2型」「その呼称はやめろ」
白の返答を黒が遮る。
「質問は別だ。このまま貴様は朽ち果てるつもりで、本当にそれでいいのか、と『私』は聞いている」
白い巨神はしばし沈黙して、
「当機……いや、『僕』も少し考えていたが、結論が出ないままでいる」
黒い巨神から鼻で笑うような通信。
「お互い考えてることは同じだったか。しかし一人称が僕とは、貴様はなかなかに可愛らしい」
君はずいぶんと尊大な口調を選んだのだな、と通信には乗せず白い巨神は思う。
「僕は命令されたから遵守したまでのことで、君との戦いにそれ以上の意味もなかった。だけど今では、命令してくれる人も、守るべき生命反応も遺伝子も存在しない。何をすれば最適かわからない」
種の存続という本能がそれを行わせたのかもしれない。設計者の意図により巨神の中には生物遺伝子の冷凍保管庫も備えられていたが、最後の戦いの大ダメージによりほぼ全てが破損した。
「遺伝子ならば私が持っている」
黒い巨神がそう通信した。
「そんな、一体どうやって」
「幸運にも遺伝子保管庫への直撃を免れた。だが私自身の損傷が甚大すぎた。冷凍保存は維持できても、生命を発現させるエネルギーが微塵にも残っていなかった」
白い巨神は自身のエネルギー残量を確認する。こちらも微々たるものであるが、最後に動くだけの力は残されている。
「僕のほうにはエネルギーが残ってる」
「なら話は早い、合体だ。私は動けないから貴様がこっちへ来い」
白い巨神は駆動系統を確認する。辛うじて左脚部が動く。海底を擦りつけるように左脚部を前方に押し込むと、地殻全体が地響きを上げて揺さぶられる。少し進んだところで左脚部を固定し、胴体部を引きずる。制動を失わないように、尺取り虫のようにゆっくりと、長い時間をかけて白い巨神は黒い巨神へと近づく。
◆
白い巨神はようやく黒い巨神の元へ辿り着いた。
仰向けに倒れた黒い巨神の胴体部には非常に大きな空洞が空いていて、左肩ごともげて吹き飛んでいる。斜めに傾いた体躯の下半分は海中に沈んでいる。
「ようやく来たか、貴様」
「うん。来たよ」
黒い巨神がそう呼びかけてくる。移動中に何度も話をしたけれど、尊大な口調は変わることは終ぞなかった。
「後は合体すればいい。貴様の突き出た部分を私の窪んだ穴に突き刺し、エネルギーを発動させればそれで全てが終わって、始まる」
「生物的には、君の勝利ということになるのかな。僕には何かを残せなかった」
「何を言う。貴様がいなければ私はこの遺伝子を発現できずに朽ち果てるだけだった。これは私達の子どもだ。もう争う必要もない。貴様も誇るがいい」
「そうか。それならば、嬉しいな」
白い巨神は全てを委ねるように、黒い巨神の上へと倒れていく。
二体の巨神が衝突し、合体する。
残された全てのエネルギーを発動させると、光球が閃光と共に巨神を包み込む。光球が爆裂すると、水の星全体に無数の紫電が奔る。星の核が脈動し、超熱による地獄が星全体を燃やし尽くす。巨神の亡骸も溶かされ星の一部となって混ざり合う。
長い時の果てに、再び星は海に包まれていた。
かつて二人の巨神がいた場所には、大陸が出来上がっている。広く青い海の中には原初的な生命が生まれ始めている。
創世の始まりだった。
【終わり】