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鳴けない猫たち #2000字のドラマ


#2000字のドラマ

ハローワークに来ていた。
失業保険の3回目の認定日だった。女性職員が担当だった。
「雛形さん、一週間以内に指定の口座に振り込まれます。次回の認定日は10月4日となります。今回、同様、お仕事されたら申請書に記載してくださいね。そしたら、今日、あちらで職業相談されますか・・・」

その言葉を遮るように
「あの、質問なんですけど・・・僕と同じ会社にいて、事業所もその市内にあって、そこに住んでる人からの情報なんですけど・・・。この緊急事態宣言に入ったから、失業保険の給付日が2か月加算されるようになったと聞いたんですが、ここはどうなんですか?」
「隣の県はその通りです。こちらは、コロナ倒産か、コロナで解雇されたかといった離職票に記載されていないと無理です」
「住んでるところで違うなんて・・・おかしくないですか?」
「私に言われても・・・申し訳ないですが・・・緊急事態宣言発令される地域に限定されてます。雛形さんは、28歳ですよね。状況はどうですか?」

「失礼します」と席をたった。
(大きなお世話だよ、全く。まだお若いですから・・・。若いですから、次に・・・。一級管工事の資格をお持ちじゃないですかぁ・・・。合う会社、探しましょう・・・)


車に乗り込むと、雨が降ってきた。と同時にラジオから大雨警報が流れていた。『命を守る行動をしてください』を連呼しながら、自宅待機や避難所を案内していた。

雨が激しく、ワイパーのスピードも上げても微かにしか前方が見えない。商店街通りの路肩に車を止めた。信号が赤。横断歩道に女性が立っていた。


沙織っ?。


目を凝らして、もう一度、見る。


(違うのかっ!)


ビッコーン。LINEだ。元同僚の美咲からだった。
『仕事は見つかったか? ありがとうな。パック。高かったろ。今、話せるか?』
電話をかける。美咲は、この6月に新しい会社に就職していた。その会社の社長が、雛形を採用したいので面接したいとの話だった。美咲がうまく丸めこんだんだろう。


「その話は、考えとく・・・。あのさ、あいつが居たんだ・・・沙織が・・・」
『あの、メンヘラ女が、何処に・・・』
「さっき、信号待ちで・・・、ちょい、車動かす・・・」
車内から、通りを歩く沙織らしき女性の顔を何気に、見る。


(違った・・・)
『おい! どうなんだっ!』
「違ったよ」
『もうっ! いい加減忘れろって! 金でも請求するのかっ? あんな思いしたのに・・・。もう、忘れろって・・・。何も生まれてこないって! 明後日、朝、10時に面接だからな』


1年前の9月9日の夜。沙織と同伴デートをした。沙織は、昼は結婚式場のヘアスタイリストを主としたプランナーの仕事をしていた。夜は、その街でも上位クラスの高級ラウンジのホステスとして働いていた。コロナの影響を受けて、結婚式場の仕事は無いに等しかった。時折、その結婚式場で沙織と関わったお嫁さんや知人より、イベントのヘアメイクを依頼されたりで、ギリギリの生計を立てていた。久々のデートで同伴するのは、どうかと思ったが、彼女の売り上げでバックが貰えるというのも考慮して、自分自身が提案した。

『ドンペリ・ロゼ入りま~す』とクラブ・ザナドゥの太っちょ店長笹木がマスクをしながら、静かにポンっ!と栓を開け、それぞれのグラスに注ぎだす。沙織と乾杯して、一気飲みする。


暫くして、他のホステスも合流した。調子に乗って、もう1本!頼んだ。歓声が上がる。
「山崎が切れる。これも入れよう。幾ら? ボトルの値段」と笹木に尋ねた。
「ありがとうございます。2万5千円となります」
「税込みだよなぁ・・・。2万5千円ってどんだけの働くのか知ってるのか?」と既に酔っぱらっている。


「解るよ。私、今、昼間、時給900円の仕事してるから、そこ、4時間しか働けないの・・・。3,600円。包装の仕事。ラインで。おばちゃん達と一緒になって働いている。ザナドゥの時給に毛が生えてる位・・・。2万5千円っていったら、約7日分かぁ・・・」と沙織。
『早く、コロナ終わってほしい・・・』、『店長、他の店、自粛してない店あるんだから、もう、通常営業しようよっ!』と口々に喋り出すホステス達。

「で、そのあと、どうした? やったのか」パック中の美咲が鏡越しに尋ねてきた。次の日、俺は、美咲の部屋にいた。俺は、リビングのテーブルで、フライドチキンを頬張っていた。子犬が物欲しそうに見ていた。
「酔っぱらってたんだって。で、太っちょ店長の・・・。笹木が送ってくれたって感じ・・・」
アラームが鳴る。と同時に、パックをはがしながら「このパック、きくわ~~っ。やっぱ、高いなりに効果あるなぁ・・・センスいいよ」ホイッとゴミ箱に捨てる。そして、子犬に餌をやる美咲。


顔を近づけてきて、頬を当てながら「その女、どう思ってんだろうね。お前の事・・・。好きなのか。お前」
「だと、思う。来月、誕生日なんだ。その時に・・・告ろうかなって」
「何を? 相手、37歳だろ。何を告る?」
「その・・・つまり、付き合わないかなって・・・」
「マジで言ってんの? うける。やりもしないのに・・・。ハハハ・・・」


いきなり、唇に舌を入れてくる美咲。



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