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昨日のように(ショートストーリー)

腹を何度も何度も蹴られた。
(なんで、こんな目に合わなアカンのや・・・)
相手を睨んだ。
「まだ、なんか文句あんのかっ!」
又、蹴られる。
痛いっ。蹲る。
(何も言うなっ。我慢だっ)
「祭りにくんなっ言うたやろっ! 臭いんじゃっ! お前、おったらっ!」
柏木は消えた。遠くで笑みを浮かべ眺めていた柏木軍団の元へ・・・。

(はよ・・・買わな・・・屋台、閉まるわ・・・)
時計を見るが、止まっていた。夜の22時3分だった。

綿菓子とリンゴ飴の屋台には、断られた。
焼きそばの屋台の前に立つが、後片付けの最中だった。焼きそばの船皿が2皿残っていた。店主と目が合った。
「その二つ・・・ください・・・」
「あかんね。これ、さっきのお姉ちゃんに・・・ああ、来た来た・・・」
長い黒髪の女子高生が、両手に綿菓子とリンゴ飴を抱え現れる。
(玲奈さん? や、やばい・・・)その場を去ろうとする。
「保? 保やんなぁ?」
『こんばんは、甲斐よしひろです。アルバム「誘惑」からちんぴら。いざっ!』店内のラジカセよりNHKFMサウンドストリートが流れていた。

甲斐バンド ちんぴら (アルバム『誘惑』より)

ちんぴらを歌う玲奈。決してうまくない。はっきり言って下手だった。
夜の県道を走るヤマハチャッピー80。運転する玲奈の後ろに俺は乗っていた。初めてだった。女性の運転するバイクに乗ったのは・・・。信号待ちだった。
「ちゃんと、腰つかまんかいっ! あんた、落ちて死ぬでっ!」
ドキドキした・・・。玲奈の制服から伝わる体温のせいか・・・。ドキドキしていた。

前方に、のらりくらり走る柏木軍団のチャリンコが見える。
(やばいっ!)
クラクションを鳴らす玲奈。
柏木が、振り返る。
通り過ぎる際、目が合う。

市営海浜公園のトイレで顔を洗い、防波堤に座る玲奈の元へ向かった。玲奈はウォークマンを聞いていた。気配に気づいたのか、ハンカチを渡された。顔や手を拭った。
「何、聞いてんの?」
ヘッドフォンを外し、俺の両耳にかける玲奈。
「最後の夜汽車・・・甲斐バンドや・・・」
優しいピアノのバラードだった。

甲斐バンド 最後の夜汽車 (アルバム『この夜にさようなら』より)

「私な、毎週水曜日サウンドストリート。甲斐さんの番組、録ってんねん。もう、何十本にもなるわ・・・その中でも最後の夜汽車が好きなんよ・・・」
「俺、氷のくちびるは知ってるけど・・・」
「私、ピアノが弾けんねん。最後の夜汽車・・・」
「えっ! 凄いやんっ。 中学の頃、テニス部やったやろ?」
「ピアノは、幼稚園からやってる・・・テニスは、やめた。才能ない」
「聞きたいなぁ・・・。生で」
「アンタ、ギター弾けるやろ? ウチでセッションしようや」
「あ、うん。最後の夜汽車、英二が甲斐バンド好きやから、LP借りようかなぁ」
「それ、あげるよ」
「え、ほんまに? ありがとう」
「おいおい・・・。焼きそば冷めてるやん。食べよう・・・」

「ここでええよ」と玲奈に告げ、家の近くに止まるバイク。ヘルメットを玲奈に渡す。
玲奈、受け取り、バイク籠に入った綿菓子とリンゴ飴を押し付けるように渡した。その目は優しく笑っていた。
「さっきのカセット、絶対、聞いてな」エンジンを掛け、一方に走り出すバイク。

二階の部屋で横になり、ヘッドフォンをかけていた。『最後の夜汽車』の曲が終わろうとしていた。サウンドストリートの始まりのBGMが鳴りだす。『こんばんは、甲斐よ・・・』の声が消えて、
『武田玲奈です。今日は、お疲れ様でした・・・』
(え? 何?)
『・・・あいつら本当、むかつくよ。ご免。見てた。ご免ね。こういう話ってするもんちゃうんやけど・・・言わなきゃと思って・・・。止めようかな。大きな声上げようかなと思ったんやけど、恐かってん、ヘタレやし、声がでんし・・・。何度も蹴られて、何度も立ち上がって・・・ずっと、柏木を睨んでいた。え? なんで? 柏木と仲が良かったんじゃないの? なんで、なんで、殴り返さんの? 何の理由があるのかもしれないけど・・。私には話してほしい。一人で悩んでないで・・・話そうよ。一人になったらダメです。約束よ。次の曲は、私が甲斐バンドで2番目に好きな曲です。(昨日のように)・・・おやすみなさい』

甲斐バンド 昨日のように (アルバム『サーカス&サーカス』より)


#あの会話をきっかけに

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