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青藍、貝を撫でる

老いた獣の脊椎のような、無骨で乾いた国道335号線が羅臼の町を貫いていた。
灰色の中心線を境に、半分はオホーツクの青、半分は山の緑と茶の、寂寥とは少し違う印象の静かな自然が佇む町。海を挟んでそう遠くないところに、国後島がくっきりと見えた。

バツ印のようなテトラポッドからカモメが飛んだ。

名古屋港を出てから約3日、適当なヨーロッパの国に行くよりも長い時間をかけて羅臼町に辿り着いた。モルグに運ばれる遺体のように船に揺られ(船酔いでほとんど死んでいた)、連行される罪人のようにバスや電車で運ばれた後のことだった。
つまり、とても疲れる道程だった。

北海道の北東、知床半島の東側、目梨郡に羅臼町はある。地元の人の話によると人口は約4000人で、例によって若者が少ないらしい。
主な産業は漁業と観光で、町の中心部からはヒグマやシャチを見ることができるクルーズ船が出ている。

空の広い町だと思った。
苫小牧港に着いた時も似たようなことを思ったのだけれど、さすがに知床半島ともなると広さの感じがもうひとつ違う。
空が青なら海は藍で、その境界から鯨の腹のように伸びる雲に目を奪われた。

人も少なく町も便利とは言いづらいけれど、この光景だけでも暮らす理由になり得ると思った。

肉眼で見るともっとすごい。


今回はここで漁業の手伝いをしている。
例によっておてつたび経由である。
とりあえず最初の数日を無事に乗り越えられたので一旦まとめることにする。


漁といっても沖に出て網で魚を捕まえる類のものではなく、ホタテの稚貝を育成用の網から回収して選別を行うというシンプルな作業である。
ただ朝は早く、早い時は3時から作業の手伝いをすることもあった(基本は6時開始)。

作業はなんというか、とても興味深い。
稚貝は小さいものだと1センチにも満たないのだけれど、しっかり貝の形をしている。選別の際に水につけると貝殻を開閉しながらハタハタと泳いでいく。これがけっこうかわいい。
この小さな貝が数年後には身の詰まった立派なホタテになると思うとなんだか不思議なものである。


地域の方と合わせて10人くらいで作業をしていて(みんなとても親切)、昼頃に終わる。朝と昼の食事も用意していただけて(手作りのおにぎり!嬉しい)食費はほぼかかっていない。
お金のない半ニートにはありがたい話である。感謝。

作業を終えた午後は基本的に散歩をしている。
海沿いをひたすら歩いたり、少し遠くの図書館に潜り込んだり、町の様子から普段の生活を想像してみたり。
鹿や狐に出くわすこともある。さすが北海道。

宿舎から3キロほどのところにある灯台が今のお気に入りだ。すぐ近くに開いていたり開いてなかったりする謎のパン屋があって、そこでパンを買って灯台の根元でぼんやり過ごすと落ち着く。空気が冷えてくる夕方頃に帰るのだけれど、薄暗くなった羅臼町は一段と静かになって、寂しい北の果てという感じがする。

特に理由はないのだけれど、おてつたび初日に作業場で拾った貝殻をずっとポケットに入れている。

貝殻の間には海が閉じ込められていて、撫でると微かな潮の香りが指に移る、ような気がする。

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