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逍遥日記#24 内熱/気になる司書さん

散歩:死。

先日、初めて熱中症らしきものを経験した。
人手不足の農場に呼び出され、久しぶりに炎天下の畑で鍬を振り回したり腰に優しくない態勢で落花生の収穫をしていたのだけれど、その日は異様に暑くて頭からバケツ水でも被ったのかと思うくらい汗がとめどなく流れ落ちていた。
意識ははっきりしていたし体もとりあえず動いていたのでまぁなんとかなるだろうと作業を続けているうちに水筒の水がなくなり、予備の麦茶もなくなり、気づくと汗が出なくなって口の中がカラカラに乾いていた。

理由がよく分からないのだけれど、体が危険な状態に陥ると頭の中でソフトバンクホークスの応援歌が勝手に再生される。
いざゆけむてきのわかたかぐんだん~♪ と、歌詞をそんなに知らないのでそこから2、3フレーズ続いてまたいざゆけ~に戻る。
頭の中で流れる曲はソフトバンクホークスの歌がほとんどだけど、たまに中学高校の頃に気が狂うほどハマったボカロ曲が流れたりもする。これが不思議なもので、流れるのは決まってタイトルがギリギリ思い出せないくらいの微妙な曲なのだ(好きだった曲ではあるのだけど)。
たぶん、瀕死になった時にしか開かない回路のようなものが人間にはあるのだと思う。

友人にこの話をしたら、彼の場合はそういう時『チチをもげ!』が脳内で流れるらしく、フォルゴレがチラつき始めたら休むようにしていると語っていた。曲はともかく、懐かしいものが流れる傾向にあるようだ。

それはさておき、ふらふらのまま作業をしていたらバイト仲間に顔が真っ赤になっていると言われ、少し早めに作業を切り上げてトラックに詰め込まれて日陰のある倉庫まで運ばれた。

倉庫で社長にOS-1(経口補水液)を渡されて飲んでみると塩気の強めなポカリみたいで美味しかった。その感想をそのまま伝えると帰るように言われ(健康な状態で飲むととても不味いらしい)、かといってすぐに帰れるほどの体力も残っていなかったので倉庫に置いてあるパレットの上に寝転がってしばらく休んでいた。どの道退勤10分前くらいだったので誰も何も言わなかった。
音が聞こえてきそうなくらいこめかみが脈打っていた。

今は冷静な状態でこうして振り返れているけれど、その時は割と「あっ死ぬかも!」とか思っていた。大げさかもしれない。でもひとりで生活しているといざという時誰も見つけてくれないので意外と些細なことで死ぬだろうと思いながら生きている。
ニーマガにまだ寄稿できていないし、小説も書き上げられていないし、会ってみたい人がいるし、海辺の古民家暮らしも世界一周も成し遂げられていないので死ななくてよかった。
そりゃ死ぬときは死ぬけど、死ななくてよかった。

これは見出し画像の、やせいのすいはんき。

気を取り直して司書さんの話をしよう。
よく利用する図書館に、数か月前から新しい(たぶん)司書さんの姿を目にするようになった。マスクをしているので年齢はよく分からない。やや小柄で、指がはっとするほど白い。挙動が静かで、まるで自分の立てる物音で何かを壊してしまわないか心配しているようだった。
とても綺麗な人だと思った。

最初の頃はカウンターでの作業がぎこちないというか、明らかに慣れていない様子で利用者の対応をしていた。ただ、利用客が多くて忙しい状況でも本の扱いが雑になることはなくて(たまに本を荒っぽく扱う司書がいる)、一冊一冊を丁寧にチェックしていた。
仕事である以上ある程度急いだほうがいいのだろうけれど、個人的には時間がかかっても本を大事にしてくれる司書がいると非常に安心する。

先日図書館に行ったらこの司書さんがいて、カウンターで村上龍の『コインロッカー・ベイビーズ』を読んでいた。あれはなかなかにハードで突飛な小説だ。
最近私も読んだので彼女がどういう感想を持ったのか知りたかったが、汗と土埃に塗れたおっさん(その日はバイト帰りで、しかも髭を剃っていなかった)がいきなり話しかけてきたらそりゃ気色悪いだろうと思って止めた。

借りる本を専用の機械の上に一冊ずつ置く彼女の手が一瞬止まり、不思議そうにこちらを見た。手には『人類滅亡を避ける道』があった。タイトルはともかく、服部文祥と池澤夏樹と藤原新也などの対談が載っている興味深い本で、私が他の図書館から取り寄せ依頼をしていたものだった。
ほんの一瞬だったので彼女の目から表情なり感情なりを読み取ることは出来ないまま貸出処理は終わった。

たぶん向こうは何とも思っていないだろう。
思っていないといい。
それにしてもコーヒーの真ん中みたいな、深い黒の瞳だった。


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