ストロベリー・コンピクサー

文章を書くと時間が溶ける。これはちょっと誇りにも思える。こんなに集中することは他にあまりないから。全然ないわけではないけど。あると言えばある。あれとか、あれとか、あとは〜〜あれとか。

最近noteをやっていない。リアルの都合などで。あと、いろいろ気分的に。その間、noteをすっかり放置していたんだけど、それとは別に、以前から、(特定のというわけでもなく)誰かの文章をひっそりこっそり読んだりすることがある。でも、そういう場合、たいてい、スキは押さない。なぜなら、僕が読むような文章はたいてい硬派なものなので、なんというか、ちょこっと拾い読みした程度で軽々しくスキを押して欲しくないんじゃないかと推測するからだ。本当は押したいと思っている。というか、そう、僕はたいてい、文章を最後まで全部読まない......。その、しっかり本腰を入れて読むときは、もちろん読む。10年前とかは、そういうことをしたことがある(←そんな昔か!)。ま、ちょっと冗談だけど。時間がなかったり、気分的にも精神的にも余裕がなかったりとかで、気軽に文章を読みに行く習慣があまりないんですね、僕は。

それでも、興味本位で、チラッと覗き見たり、こっそりガン見していたり、ということも、ないこともない。やっぱり文章というのは、筆者が自分の世界を持って、活き活きと振る舞っているかどうかというのが、結構重要なことに思える。なんというか、内容が良いとか悪いとか、そういう単純な問題ではないというか。僕自身がその世界観を理解できなくても、迷いなく振る舞っていることがなんだか輝いて見えるような、いや、それは目の錯覚かもしれないけど、自分はきっと交わることのない価値観の世界が、遠巻きにぼうっと眺めていて、なんかいいな、とひっそりと思う。少し羨ましいような。

そういう書き手は、無関心にさらされることを気にしていない。ように見える。実際はきっと、そんなことないかもしれない。だけど、はたからはそう見えるというか。いや、直接に不安な気持ちとかを書いていることだってあるかもしれない。でも、なんとなく。そんなふうに見えて、いいな、と思う。


コンピクサーはいま、僕の隣で静かに都市を構築している。僕がこの都市に入り込むことはきっとなくて、外から他人事のように眺めるだけなのだろうけど、きっとこの都市にも、明かりの数だけ物語があるのだろう。それらの一つ一つに触れるには僕は小さすぎて(時間がない)、また、遠すぎて。この都市は、僕の知ることのない物語で出来ている。知ったところで......誰かではない誰かと出会うだけの......無数に扉のあるこの回廊で、僕は自分のいる場所がどこかわからない。だから、たぶん迷子ということなのだろう。僕はコンピクサーにいくらか文字をくれてやり、コンピクサーはそれをポツリ、ポツリと都市に落としていった。都市の明かりはぼうっと揺らめいたようにも見えたし、気のせいであったかもしれない。......じゃあ、そろそろ寝るね。もう、文字がない。なに、またいつか収穫できるさ。おやすみ。

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