庭を作る機械【小説】

庭を作る機械がある。この機械は、木陰にあった。木陰にて、たいていの機械がそうであるように、大人しそうにしていた。この機械は私の傍らで、なにか私にはよくわからない事情で稼働していた。この機械はいつも、大陸の地面になんらかの言葉を刻印していた。その言葉はたいてい私の興味の対象にならなかったが、地面とともに後方に流れ、言葉の川を日々形成していく様は、一種の景観であった。

この機械にはいくつか用途があるはずで、というのも、ハンドルだとかレバーだとか、そういったものが付いているからなのだが、しかし私はそれの使い方がわからず、いつも機械を放っておき、機械のするがままにさせておいた。機械自体にはなんの説明書きもないので、見るからに怪しげな機械であり、勝手に触って変な動きをされても困ると私は思っていた。ときどき私は、ほんの気まぐれから、機械が大陸に刻印している文字を読んでみることがある。ある時、機械の使用法らしきものが書かれている風であった。私はその時「どうせそれもデタラメだろう」と思ってさして気にも止めなかったが、後々になって考えると、私が眺めた範囲内で機械がそのような自身の使途らしきものを記したのはそれきりだったので、今になって私はそれを多少真剣に考え始めたのだった。とはいえ、その内容は一見して荒唐無稽なものである。機械の操作および機械の行動は、フローチャートのようになっていて、一つの選択を行うと、その次の選択肢が枝分かれしており、どんどん操作が行われるもののようである。例えばこんな感じだ。機械は①空を作る。①-1 その空を切り分ける。①-2 その空を潜る。①-3 その空を浮かべる。と、こんな具合だったと思う。万事がこの調子であったから、私はこの機械の言うことに基本的に興味がない。

そして、その使途の内に「庭を作る」というものがあった。それが、冒頭で述べた「庭を作る機械」の意味である。なぜこの機械を私が「空を作る機械」ではなく「庭を作る機械」と呼んでいるかというと、なんとこの機械は、いま私の横で、実際に庭を作り始めたからなのである。言葉を大陸に刻印するだけでなく、実際に庭を作るために稼働しているのであった。これは驚きだ。

機械が庭を作り始めたのには理由があって、それはアヒルが来たからなのだが、その事情はやや込み入っている。それを説明する前に、言いそびれた機械の使途を、二、三付け足しておきたい。②庭を作る。③森林を作る。③-1 森林を歩かせる。③-2 森林を飛行させる。③-3 森林を埋蔵する。④プールする。(プールとは英語で一か所に蓄えるという意味がある)。④-1 建設。④-2 物語。④-3 縁。とりあえず、これだけが私の記憶に残っているものだった。ずいぶんたくさん覚えているではないかとお思いかもしれないが、これはごくごく一部なのである。機械は日々、もっとはるかに膨大な量の言葉を大陸に刻印していて、生半可な興味関心など受け付けないような厳めしさがあるのだった。

この機械が実際に庭を作り始めた話であった。ある日、私たちのもとに一羽のアヒルがやって来た。そのアヒルがまず、庭からやってきたアヒルだった。アヒルは庭のアヒルであった。そこが普通のアヒルと違うところだと思う。ここら辺は、説明が非常に難しい。恐らく私と読者では、多くの前提を異にしている。庭が何なのか、アヒルが何なのか、物語が何なのか、本来ならもっと詳細な説明が必要なのかもしれないが、どこからが必要な説明なのか私には見当が付かず、闇雲に書き出している次第である。アヒルは、無論、鳥である。鳥には翼があり、それを使って空を飛ぶ。このアヒルもよく空を飛んでいる。空からは言葉を持ち帰る時もある。逆に、アヒルが言葉を持ち去る時もある。こんなことは、恐らく、わざわざ説明しなくてもきっと皆が知っている常識であろう。私はいま、中にはそれを知らない読者もいるかもしれないと思って、その読者がこの文章を不可解に思って道に迷わないように、配慮したつもりだ。

ちなみに物語が何かを説明しておくと、これも単純すぎて不要と思うが、精神の足跡である。「そくせき」でも「あしあと」でも良いだろう。物語は少なくとも一つの流れであり、時に方角を失い、一か所をぐるぐると吹き溜まりのように迷い惑うがそれも一つの流れであり、めちゃくちゃについた足跡にはどれも意味があり、それが物語である。雲は何か。これも多少説明しよう。雲は空に浮かぶ白いもやもやしたもので、見かけよりもずっと遠くに浮かんでいるので、手で触れることが出来ない。読者の中には地下にいて雲を見たことのない者もいるだろうから、私がいま丁寧にそれを描写しようと思いついたのだ。

アヒルだって、物語だって、庭だって、きっと誰かは本物のそれを見たことがなく、恐らく又聞きでしか知らないであろう。雲は、一説によると、水である。水が白くなって浮いているというのは、にわかには信じがたい。恐らく、こんなのもデタラメであろう。雲は複数空に浮かぶこともあって、大きいものや小さいものがあるだけでなく、形状は不定でさまざまだ。雲の中には街があって、夜になるとそこから光が漏れ出し、人々の活気が漆黒の冷気越しにも伝わってくるようである。雲は昼間にも夜間にも空に浮かんでいる。時間帯に制限はないようだ。森林内の滑走路でいくつかの建設が離陸しようとしている時、まさにその時、雲は地面すれすれを飛んでいた。そのことが今回、庭を作る機械が庭を作り出すきっかけを作ったアヒルに関係しているのである。

いま、数羽のアヒルが空から戻り、空の手紙を私に届けた。恐らく機械の稼働に関する忠告が書かれているはずである。あのアヒルが言葉を持ち去ったのは、怒りによるものだったはずだから。話が込み入ってるかもしれない。機械が庭を作り始めた話はまた次回にしよう。私もそろそろ羽が疲れてきた。

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