🕵️♂️父がまた帰って来ない事件〜よその車庫前で寝転がっていた。
それは2020年10月7日午後7時37分のことだった。
近所の公園立ち尽くし事件から三ヶ月、再び母の携帯から電話が掛かって来た。
折しもうちは今から配偶者と食事にしようかというところだった。
が、まあ、電話には出る。
「はい。なん?」
「あんた、お父さんが田中さん(仮名)とこの車庫で寝っ転がって帰ってこんとよ!
車出して迎えに行ってくれん!?」
開口一番これである。
「はい?」
またしても意味が分からない。
ちなみに田中さん(仮)は、実家から三軒ほど先のご近所さんである。
意味がわからなかったので詳しく聞く。
「日が暮れてもお父さんが帰ってこんから心配しとったら、通りかかった人が、『お宅のご主人がそこの車庫の前で寝ていますよ。』って知らせてくれたんよ!
見に行ったらホントに寝とると!
私じゃ連れて帰りきらんけん、あんた車で連れて帰って!」
頭痛がしそうである。
電話口の母は声がデカい。
私との通話でほぼ事情を把握した配偶者が、心配そうに、こちらを窺っている!
「ごめん、ちょっと行ってくるわ。
ご近所の車庫前で寝とるらしい。」
とりあえず車を出して、実家まで行き、母に声を掛けてから、田中さん(仮)までの道をめちゃくちゃ徐行で進む。
間違っても轢かないように注意しながら(左側(田中さん(仮)のご自宅は、実家を出て左に進み、三軒ほど先の左手にある)、進むが、
いない。
ついでに言うなら、心配なのか、実家から母まで彷徨い出て来て、その周辺をうろうろしている。
既に暗く、見通しが悪くて「めっちゃ邪魔だから、すっこんでろ。」とは思うものの、車の中で思うだけの私の気持ちが母に通じるわけもない。
いないと思って、慎重に周囲を見回すと、いた。
田中さん(仮)の、真向かいの家の車庫の前で寝てる。
ここだ!
逆やんか!
とは思いつつ、車を降りて棒のように斜めに寝転がっている父に声を掛けると、意識ははっきりしていた。
「お父さん、なんでこんなとこで寝てるん。
家まであとちょっとやんか。
起きれる?」
父は、声の調子だけは呑気に
「いや〜。
ちょっとここで動けなくなっちゃったんだなあ〜。」
とのんびり答える。
要するに動けないんだな。
とりあえず、車に積むか、と思う私をよそに、妙に元気を取り戻した母が脇から、わあわあ喚く。
「お父さん、日が暮れてから出かけたらいかんって言ったやろうもん。
こんなところで寝てから!」
「いや、出かけたときはまだ日が暮れてなかったんだよなあ。」
地面に寝たままコントを始めるのはやめて欲しい、邪魔だから。
「いや、お母さん、とりあえず、お父さん車に乗せるけん。
お母さんも乗り。
後部座席で一緒に乗ってお父さん支えて。」
とりあえず、父を車に乗せて、車の特性上、バックよりも道なりに進んで、ぐるりと町内を回って来た方がいいと判断した私は、数十メートルの距離を、車の都合で数百メートルに引き伸ばして、両親を実家に送り届けた。
実家に送り届けて、私は一つ気になっていたことを聞いた。
「ところで、お母さん、知らせてくれた近所の人はどうしたと?
菓子折の一つでも持って礼に行かないけんのじゃないん。」
母は言った。
「そうなんやけどね。
慌てとったから、名前も聞き忘れたんよ。
知らん人やったし。」
(※近所の人と思った理由は、その方が徒歩で散歩中だったかららしい)
それはまあ仕方ないかと思い掛けたところで父が言った。
「ああ、それは良いんだ。
もう立ち去って行ってしまったし。
もののついでに知らせてくれただけだろうし。」
何言ってんだ、このダボ。
誰がなんのもののついでに、わざわざ倒れてる老人の名前聞いて、その家に知らせてくれるってんだ、意味が分からんぞ。
「なんば言いようと。
そんなん先様が言うことで、助けられた側が言うことじゃなかろうもん。
名前分からんからお礼のしようはないけど、本当ならお父さんが聞いとくのが筋やろ。」
私のセリフに不満そうに口をつぐむ父。
不満そうにしても駄目!
助けてもらったのなら、感謝の気持ちを持て!
まあこんな攻防も虚しく、昨日も母から元気に
「お父さんが帰ってこんとやけど!」
と言う電話がかかって来たので(普通に無事でした)、順序として、先にこちらを書いてあげておく。
(終わり)
投げ銭歓迎。頂けたら、心と胃袋の肥やしにします。 具体的には酒肴、本と音楽🎷。 でもおそらく、まずは、心意気をほかの書き手さんにも分けるでしょう。 しかし、投げ銭もいいけれど、読んで気が向いたらスキを押しておいてほしい。