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短編ストーリー「サミシイに寄り添って。」
一週間、頑張った私へのごほうびに
デパ地下でお惣菜を買い込んだ。
金曜日の夜は、街に人が溢れ出す。
デパ地下も賑わっていたが、その雰囲気が
小さい頃の、夏祭りの記憶を呼び起こす。
小学校にも上がってないくらいだったか。
おじいちゃんと手をつないで、屋台に目移りしながら、人の波の中を迷子にならないよう、必死に進んだあの記憶。
なぜその記憶なのか。
夕食のおかずを探して、ショーケースの中を真剣に吟味する大人たちの中で、なぜ子どもの頃の記憶が蘇ったのか。
週末に向けてワクワクするはずの心が、ギュッと痛くなった。
「サミシイ」という避けたくて、どこかに閉まって鍵をかけたい気持ち。でも、水のように扉の隙間からにじみ出る、あの気持ち。
実家から遠く離れた地で一人暮らしする私には、
この記憶は少しヒリヒリ辛かった。
もう、慣れたと思ってたのにな。
まだ、この生活に慣れてないんだな。
大学入学と同時に住みだしたこの街で、就職して3年目。仕事は慣れてきたが、若手として気を張る日々が続いている。
今週は特に忙しかった。
だから今夜はごほうびが欲しかった。
冷蔵庫にはスーパーで買った缶ビールが冷えている。見たい映画もリストアップできている。
そんなことを思い出したら、先ほどの心の痛みがだいぶ和らいだ。
そうだ、充実した金曜日の夜を過ごすんだ。
そう考えると帰宅の足取りも軽い。
リストアップした映画の主題歌を思い出して、頭の中でリピートしていたら、いつの間にか自宅の前に到着した。
さぁ、私の城が手を広げて待っている!
無駄なものは置かない、シンプルな1Kの部屋を「城」なんて言ってしまう私に対して、心のなかで笑ってしまう。
テーブルにはデパ地下で買ってきた3品の料理に冷えた缶ビールを並べ、
パソコンから動画配信サービスにアクセスして、見たかった映画を選択する。
再生ボタンを押した瞬間から、私は映画の世界に没頭させられた。シーンの合間にビールを飲み、料理を口に運ぶ。自分では決して作ることができないであろう、このプロの味は、週末の私へのごほうびにピッタリだ。そして、この映画も世間でとても話題だったが、なるほど、次々に予想を上回る展開に目が離せない。ファンタジー?恋愛?シリアス?ジャンルすらも超えたストーリーに私の意識が巻き込まれていく。
ただ、ただ、私の意識の大多数は映画に、そして残りの数%はビールとご馳走に向いていた。
映画のラストは涙を流しつつ、笑顔で見終えた。なんて感情の忙しい映画なんだ。確かに世間で話題になっているだけはある。
ビールも飲んだ。ご馳走もたいらげた。
なんて充実した金曜日の夜なんだろう。
頑張った自分へのごほうびだもんな。一人時間、最高!
几帳面な性格の私は、さっさとテーブルの上を片付けて、寝る前のルーティンをこなしていく。お風呂もゆっくり入って、疲れをほぐしていく。アロマディフューザーにお気に入りのアロマオイルを垂らすと、その慣れ親しんだ香りに気持ちもほどけていった。
そして、ほどけた隙間から流れ出るあの感情。あの記憶。またあの「サミシイ」が顔を出してくる。
おじいちゃんはいつも私に笑いかけてくれていた。
厳しい母に叱られた時は、いつも胡座をかいたおじいちゃんの膝に座ってなぐさめてもらっていたっけ。
セミの声、川のせせらぎ、ひまわりの群生…。
何故だろう、子どもの頃の夏休みの記憶が自然と再生される。
実家のあの土くさい匂いを嗅ぎたい。
私の今住んでる人工物で溢れかえる都会じゃない、あの緑にほとんどを侵略されている空間に戻りたい。
ベッドに入る。
寝ようとまぶたを閉じると同時にまつ毛が湿っているのに気づいた。
せっかくの一人時間だったのに、「サミシイ」気持ちに邪魔されてしまった。
私はワイヤレスイヤホンを耳に付けた。
スマホに入れた音声配信アプリを開く。
このアプリは誰でも簡単に音声を発信することができる。音声のSNSといったところかな。
トークしたり、歌ったり、演奏したり、朗読したり。ラジオドラマのような作品に出会った時には、学生時代にラジオドラマにハマってよくラジオを聴いていたことを思い出して懐かしくなったりした。
十人十色、様々な人が、「音」を通して何かを伝えてくれる。配信者のそれぞれに光る個性の魅力に、私はすぐにハマってしまい、時間があればワイヤレスイヤホンを耳に差し込んで聴いている。
その中でも特に好きな「声」の人がいる。とても優しい声に仕事の疲れや一人暮らしの寂しさを癒やしてもらっていた。優しい声はその人の人柄から伝わるものなのかもしれない。
私は今、ベッドの中で無性に優しいその人の声が聞きたくなった。
アプリをチェックすると、今日も収録をあげてくれている。
その人の声は変わらずいつもの声で、そしてその日あったことを時々笑い声を交えながら話してくれる。
たった10分ほどの今日の配信。
でも、なぜかその人の楽しそうな声にこちらも楽しいという気持ちを分けてもらえた。
そっか、私は人恋しいのかもしれない。
ワイヤレスイヤホンを外しながら、自分の本当の気持ちを探り始めていた。
今度の連休は実家に帰ろう。
家族や地元の友達に会いに行こう。
そして、仏壇に手を合わせておじいちゃんに挨拶しよう。
きっとこんな気持ちになるってことは、充電が必要な時なのかもしれない。おじいちゃんがあの優しい笑顔で「少しは休め」って天国から言ってくれているような気がした。
(終わり)
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