「コップの水理論」で考え込む。
「コップの水理論」というものがあるそうです。
水が半分入ったコップをどう捉えるかというもの。
「”まだ”半分」
「”もう”半分」
あなたはどう捉えますか。
炭酸飲料のCMで同じようなものがありました。
「半分しかないと思う?」
「半分もあると思う?」
炭酸飲料だと話は変わってくる……。
まだ半分は「ポジティブ思考」で、もう半分は「ネガティブ思考」と
話を終えることもできます。
しかし、この理論にいろいろな示唆を感じます。
まず「〇〇理論」というところです。
〇〇理論という言葉は、①よりも②の意味と捉える人が多いのではないでしょうか。例として有名な〇〇理論をchatGPTにたずねてみました。
「これらの理論はそれぞれの分野で重要な役割を果たしており、多くの研究と議論の基礎となっています」、そんなイメージを私ももっています。
コップの水理論……。
いかにも心理学系の研究をイメージさせます。何か大事なメッセージがあると感じます。しかし提唱者がいるわけではないようです。
次に前提条件が示されていない点、「まだ半分/もう半分」と選択肢が少ない点も気になります。
「この水を私が飲み干す」という条件を加え、私の「喉の乾き具合」を考慮します。
とても渇いている →「もう半分しかない」
まったく渇いてない →「まだ半分も残っている」
そして、やっとのこと水が飲めるというのなら「やっと水が飲める」と思います。さらに極限状態なら何か思う間もなく「がぶ飲み」です。
もし飲み干すという条件がないなら「ただコップ半分の水」です。
また、これを経営学的に捉えると話が変わります。経営学者のピーター・ドラッカー氏(1909~2005)はこう云っています。
「『半分空である』に変わるとき、イノベーションの機会が生まれる」
「もう」でも「まだ」でもなく、ポジティブでもネガティブでもない。イノベーションの機会を生むには「半分空である」という行動につながる「認識」が有益に働くと云っています。
「コップの水理論」は、何か意味があるようなメッセージ性をもち、前提条件をこちらの想像に委ねています。
認識のエラーを誘発する仕組みがあるように感じ、何か騙そうとしているのではないかと警戒します。
世界を2分割で考えることはユーモアとしては好きですが、啓蒙で使いはじめると悪意を警戒します。
調査方法や母数を示さない指標、結果に都合のよい指標だけを示すことも、それに似ていると感じます。
「わかりやすい」「イメージしやすい」ということは大事なことですが、認識エラーを起こすこともあります。
コップの水理論でそんなことを考え込んでいました。
「わかりやすい」には注意も必要かもしれません。
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