そんな 相手
久しぶりに会おう、と連絡が入って、特に断る理由もなく、いいよ、と返事をする。あっという間に日程が決まり、当日を迎える。
久しぶり、と言っても、数ヶ月程度なものだ。相変わらず、看護師として忙しい日々を過ごしているらしい。それは予定を決めるメールで伝わってくる。
「よっ!」
そうは言っても、快活な様子に変わりはない。振り上げた右手に疲れを感じさせない笑顔……そうして、三角巾、ではない何かで吊られた(後から聞いたが、アームホルダー、というらしい)左腕が目に入った。あまりに自然なその感じに初めは違和感を覚えなかったが、だんだんとその異物感が浮き上がってきて、ぽかんとしたままの口からようやく
「……どうしたん?」
と、言葉が出てきた。
それを聞いてうれしそうにしている彼女は、まあ、とりあえずお店に入ろう、と私を追い越して先へ向かう。すぅーっと首だけがなめらかにその姿を追って、機械のように正確に反対側へ固定されると、意識が遅れて追いつき、数歩くらい離れて後を追った。
「で、何があったの?」
生ビールで乾杯してから、すぐにまた聞いてみる。
「おっ、食いつきがいいなぁ。でも、まあ、たいした話しがなくて悪いね。ただ単に…‥転んだだけなんだよ」
それはちょうど一週間前のことだったらしい。
職場の病院に向かう途中、なんの変哲もない、曲がり角で足を滑らせ、左側へ転倒をした。その瞬間のことは何も覚えておらず、とりあえず手をついたことは手のひらの痛みでわかったし、顔に傷もなかった。起き上がるさいに左腕に力が入らず、他にどこが痛いか、どうかを確認した。そうして病院にたどり着いてすぐに先輩相談すると
「とりあえず整形行ってこい」
と言われ、レントゲンを取り、左肩の骨折が認められた。
「他のところはまったく見てくれなかったけれどね」
もったいぶっていたわりに、転んだだけかい、と突っこみを入れようかと思ったが、実際に骨折までいっている事実に何も言えなかった。
「もしかして、それで会おう、なんて言ったの?」
ふむふむ、とうなずいているあたり、どうやらそうらしい。
私は生ビールを飲み干すと、おかわりを頼む。
「まあ、齢四十年にして初めて骨折したからさ、勝手もわからなくってね。知識としては知ってたけれど、青タンもその日じゃなくて次の日にいきなり現れてさ、体って不思議だよねぇ」
それでどこを打ったかようやくわかったくらいだよ。
そう言って、生おかわり、と注文をした彼女は、そういえばいつの間にかにアームホルダー? も外していた。聞くと、家でもしていないらしい。痛みのない範囲で動かしてもよい、とのことだった。
「たぶん、初めての出来事だからさ、私の中の働く細胞たちも驚いたんじゃないかな? これまでにない異常があります、マニュアルもありません、みたいな。それで、慌てて青タン作るのも遅れたのかな?」
「あー、そう考えるとおもしろいね。マニュアル埃かぶってます、みたいな話しがあったかもしれないね」
大変だろうに、よくそんな笑い話にできるものだ。
と、改めて感心をしながら、思わずこぼれる笑みに、私の心はほぐされる。相変わらず、甘えてる。
私の心に滲み出ていたこれまでのシミがきれいに拭き取られるように、晴れやかな気分になっているのがわかる。
「……しょうがない、一杯分くらいおごってあげるよ」
「えー、いいのー? やったー!」
子どものように喜ぶ彼女のふっくらした笑みが、これまた私を癒してくれた。
そうして、どれにしようかな、とメニュー眺めている彼女を見ながら、明日からもがんばれそうな、気持ちに、なっていた。