本当に声が出ているのか、ふいに、思うときはきっと声を失っている
私は声を失った。
そのときの私の心理状態は、私では測れない。少なくても、心を落とすような感じではなかったように思う。
それは突然の出来事だった。いや、今振り返っても、その瞬間がわからない。というより、いつからそうなのか、わからない。
けれど、事実。私は、声を、失った。
それでも何も変わらない時間が流れ、周りは動き、1日は完結する。私がどうであろうと、世界になんら影響はない。そもそも、私なんていなくてもいいのではないか? そんなことを、感じる。
この世界に必要なものは、いったい何だろう。
世界が世界であるためには、何が必要なのか。
……そんなこと、どうでもいい。
私はきっと声と同時に透明になって姿まで消えてしまった。それは私ではつかめない。私は自分の声も聞こえるし、姿も見える、のだから。
溶けていく声は澄み切った青空のように悲しい色合いをして誰にも届かずに泡となる。
そんな詩風な言葉を口ずさんだところで、誰にも届かないのなら意味がない。
話しかけて、何の反応もない。
話しかけて、何もなかったような姿を見て、あぁ、私はここにはいないんだ、と実感してしまう。
もしも幽霊がいたのなら、今の私と同じ気持ちなのかもしれない。…‥幽霊の気持ちは、こんな気持ちなのかもしれない。
私は置き去りにされた声に透明を見出して、その想いどころか音さえも響きを失い、私の耳ーー脳、心にだけ届く。それはもはや存在していないに等しく、それなら私は存在していないのかな?
存在の不存在感。不存在の存在感。
私には、どちらも感じる。
世界が世界であるために必要なものはきっと、何もないのだろう。仮に生き物が皆いなくなってもなお、世界は世界としてあり続けるに違いない。
今の私と同じ、その存在を知っているのは、ただ「私」だけだから……。
「ほら、篠崎さん、行きましょう」
と、
「私」を呼ぶ声がして顔を上げると、まっすぐな瞳で私を見つめる彼女の姿が見えた。
先ほどまで没頭していた思考の栓が ぽん 外れ、私は何を考えていたのかもわからなくなって、急速に頭の中へとまわりの情報が流れこみ、ぼやけた視界がくっきりとする。目の前には彼女の姿が見える。
彼女の眼は確実に私を捉えていた。その視線は真剣な、心配を含むやさしさがあり、なぜだろう、私はそれに包まれてようやく生み出されたような安心感を得た。
「う、ん……今、行く」
彼女の笑顔は私に応えてくれた証だった。
それは私をこの世にとどめる碇となって、地に足をつけて歩くことができた。
私は、声を、取り戻した。
心を、自分を、取り戻した。
そうして、私は、私だけではない「世界」に再び帰ってこられた。
誰かに支えられてーー
私はここにいてもいいと、教えてくれた。