それだけではない
なんで、誰も私のことを認めてくれないの?
そう言って涙を流す友人は、小さな子供のようにうずくまって私の目の前にいる。
私は一度、深く、深く、息を吐いて、思いっきり吸いこむと、可能な限り表情をゆるませるように努めた。一通り話しを聞く中で要点をまとめていくと、
私の趣味や好みについて友達も彼氏も何も理解を示さない
あまつさえ、私のことまで否定する
話しを何も聞いてくれない
そうしてみんな、離れてしまう
そんなことだった。
多様性の時代なのにね、おかしいよね。
そうして自虐的に笑う友人の姿は、もの悲しそうな雰囲気と空気でいっぱいだった。
私はもう一度、深く、深く、深く、深く、息を吐き、息を吐いて、自らを見つめるように頭を垂れて――そのときはどんな表情だったのか、自分でもわからないけれど、大きく息を吸いながら、できるだけ表情を明るくできるように努める。しばしの沈黙が流れる中、いや、それはほんの一瞬だったかもしれない。
しだいに友人のまとう空気は悲壮感漂うものから きゃぴきゃぴ かまびすしい……陽気でフレッシュなものへと変化していた。あれほど文句を言っていた口から出てくるものとは思えないほどの楽しげな言葉に、混乱しそうになる心をいつものように抑える。
でさー それでね あのさ そうなの! …………
どこからそんなエネルギーがわいてくるのだろう、と不思議に思う。とめどなく続く話しはどこからどこまでが区切りで、同じ話し、別な話しかもわからず、それはもはや、言葉でも言語でも会話でもなく、ただ友人の想いを吐き出しているだけのものに過ぎなかった。それはコミュニケーションではない、ただの排泄で、私はその受け皿――悪く言えばトイレのようなものだった。
そう思ったのは、いつのことだったか。もう忘れてしまった。いつものように、何も変わらずに、同じことを繰り返す友人に、辟易することも飽きてくるほど。
それでも、きっと、何か私が伝えたなら、理解を示してくれない人、ってことになるんだろうな。それでも、もう、いいかな。
玄関を占拠している友人に、用事があるからそろそろ帰ってほしい、と伝える。案の定、
なんで私の話しを聞いてくれないの? そんなに私のことが嫌いなの? 話しを聞いてくれないと、つらくて仕方ない。なんでこの苦しさをわかってくれないの? 不公平だ! 多様性の時代に、私に寄り添ってくれないなんて、おかしい! 理解してくれないなんて、おかしい! 私の存在を認めて!
滔々とこぼれてくる言葉たちにもう表情を作るのもやめて、静かに、淡々と
多様性って、別に、すべてのものを認めることではないし、わかりあうことでも、受け入れるものでもないと思う。目に見えるもの、見えないもの、それだけで相手を否定したり排斥したりするものではない、という程度のことであって、だから何をしていいわけでも、まして誰かを傷つけていいわけがない。相手のことを考えられないのに、多様性、っていう言葉の都合のよさにかまけて、何もしなくていいわけなんて、ないでしょ?
伝える。
それでも、やまない言葉に、帰ってください、と冷たく言うと、怒りの表情を露にしながら大きく扉を閉めて帰っていった。
ふぅ
ぞくぞく した快感が全身を貫く。駆け巡る、飛び跳ねる。
きっと友人は、私だけは何でもしてくれる、いくらでも話しを聞いてくれる、って思っていただろう。そんな信頼を一気に崩していくこの快楽。やめられない。
あぁ、でも、そう。けっして、これは常に、いつでも、できることではない。
次はいつ、こんな人に出会えるだろう。傷つけても問題なさそうな、人。周りに迷惑を振りまくような、人。
私も本質には何も変わらない、それは、わかっている。けれど、
多様性、ね。
本当に、いじらしい。こんなこと、誰もわかってくれるわけなんて、ないのに。
そうして、先ほどまでの喧騒が嘘みたいな部屋にひとりたたずみながら、時計を見る。ため息をつきながら、私も、外に出た。