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千文小説 その722:空即是我

 こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。

 結婚とは、社会的な態度表明です。

 それも、自分で表明する、というよりは、周りから、それがあなたの表明なんだね、と評されるもの。

 僕を例にとれば、四十歳、男、都内で一人暮らし。

 まあ、まだ、おひとり?

 お仕事は?

 フリーランスの、インターネットライター?

 そうですか…。

 さぞ、儲からないんでしょうね。

 同年代か、少し若いくらいの奥様をめとり、養えるほどの、貯蓄もなさそうだし。

 私たちの、仲間ではないね。

 そっとしておこう。

 どうぞ、そのまま、お幸せに。

 近所迷惑だけは、かけないでください。

 のーほほー。

 でぃるでぃる。

 すりすり。

 ぐりぐり。

 でれでれめろめろの奇声を発して、MacBookの画面にすりつく愛猫の、大きなおしりが、キーボードカバーにしている、百均ショップのプラスチック板からずり落ちないよう、手を添えつつ。

 脳内の、架空の、世間一般の声にめいって、ため息をつきます。

 結婚していない=稼ぎがない。

 中年の男に向けられる視線は、ほぼ全て、お金の話に集約されてしまう。

 …いや、一つだけ、例外があり。

 それは、僕が、ものすごいイケメンであった場合。

 あの人、なんで、結婚しないんだろう?

 ほら、あれだよ。

 いわゆる、そっち系の人なんだよ。

 なるほど、納得。

 彼氏が、いるんだね。

 …ちがーう。

 どうも、僕は、この手の偏見的発言に、自作自演ですら、耐え切れないらしく。

 もぞもぞして、むずむずして、大声で、否定の一語を、叫びたくなる。

 違います。

 残念ながら、イケメンでもなく、彼女もおらず、彼氏もいません。

 ごくごく地味な、物書きです。

 結婚できない理由を知りたかったら、そこをこそ、見るべきなのです。

 稼ぎの低さでもなく、特殊な性的嗜好でもなく。

 この人は、書く人なのだ。

 そうか、だからか。

 なかなか、特定の他人と、釣り合いの取れた関係を結ぶのは、難しかろう。

 気の毒に。

 自分で選んだ道とは言え、同情するよ。

 野垂れ死なない範囲で、書いていてくださいな。

 じーすすー。

 ぎゅろぎゅろ。

 ずりずり。

 うりうり。

 愛猫の熱愛の先、ガチムキの、スーパーマン姿の、満面の笑顔の、グラサン兄さん。

 …ないわ。

 いろんな意味で、がっくりきて、もう一度、さらに深く、ため息をつきます。

 King Gnuというバンドは、僕にとって、救いの神であり、破壊神でもある。

 なんで、アイラブユーベイベーと歌う、直球王道のラブソング路線の曲に、こんな、悪ガキの、コスプレ合戦みたいな、やんちゃなMVを乗せてくるかな…。

 あなたはそのままで、と言いつつ、誰一人、そのままの人がいないのも、すごいし。

 そのままではないことが、かえって、そのままの彼らを浮き彫りにするという、壮大な、手間暇を無駄にしてる感も、素晴らしい。

 よりによって、真剣に、結婚とは何か、について考えている時期に、どうして、こんなにも、おちょくったような作品が、公開されるのか。

 そして、我が愛猫が、狂的に、気に入ってしまい、独力でのYouTube再生回数上げまくりに、付き合うはめになっているのは、なんでだ。

 神のいたずらか。

 そうに違いない。

 このところ、King Gnuについて、書き過ぎている気がするので、そろそろ、セーブしたいな、なんて、ちっぽけな計算が、どこかへ飛んだよ。

 ちなみに、教えて、ミント。

 どうやって、井口さんを、見分けてるの?

 こんなにも、毎回、違う扮装で、出て来るのに。

 自分にとってスペシャルな人は、どんな格好でも、スペシャルなの?

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 ぽわ。ぽわ。

 電池が切れたように、愛猫は、寝落ち。 

 ほっとして、軽く一時間以上、連続再生していた画面を落とし、ご苦労様。

 大役のMacBookをねぎらいつつ、ぽさぽさの、青緑色の毛皮とともに、西武ライオンズのバスタオルで覆います。

 芸術家、と言ってしまうと、違う気がする。

 物書きは、物書き。

 芸術をやっている、覚えはない。

 ただ、書いていただけなのに、いつの間にか、稼ぎも、性別も、振り落として。

 妙に明るく、ぽかんと開けた場所に来た。

 ここが、僕?

 そう。

 自分とは、空間です。

 物体ではないし、概念でもない。

 その場所の、色、匂い、手触り、それらを称して、上村元。

 他の誰にも、代えられない。

 唯一独自の空間の、伸び縮みを楽しむことが、生きること。

 つづまり過ぎるのは、窮屈だし、広がり過ぎると、見失う。

 結界の役をするのが、心身。

 身の丈に合った暮らしを、と言われるのは、そのため。

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 ぽわ。ぽわ。

 物書きにとって、結婚とは何か。

 じっくりと、深めていきたいです。それでは、また。

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