千文小説 その1219:あきらめて
こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。
覚悟を決めるとは、どういうことか。
三年前、MacBook Proを買った時は、これで、がんがん書くのだ。
悲壮な決意、みたいなものが、それに当たるのかなと、思っていましたが。
どうも、そうではない。
覚悟とは、決めるものではない。
ああ、やっぱり。
そうなるよね。
仕方ないよね。
いつの間にか、決まってしまうもの。
ぴーぷす、ぴーぷす。
ぽわ。ぽわ。
寄稿先のウェブマガジンの、共同経営を引き受けるに当たり。
じっくりと、適否について、考えてみました。
その結果、僕は、基本的には、経営者に、向いていない。
あらゆる角度から、その結論に達した。
そもそも、法人を運営したいという意欲が、心身の底を探っても、どこからも、出て来ない。
こればかりは、持って生まれた気質、人為で、片手間に、変えることはできない。
では、なぜ、まるで不適合な役柄を、引き受けるに至ったのか。
それは、ひとえに、義理と人情。
五年前、未曾有の疫病の大流行により、勤め先の、飲食店のPR雑誌社が、倒産し。
失業し、路頭に迷っていたところを、知人のカメラマン、伊勢さんが、ともに働かないかと、声をかけてくださって。
彼とお仲間が立ち上げた、映像関係のウェブマガジンに、連載コラムを持たせていただくことにより、どうにか、飢えずに済んだ次第。
このご恩は、一生、忘れることはできない。
なので、人手不足を理由に、経営陣への参画を打診された際に、僕でよろしければ。
身のほどをわきまえずに、一も二もなく、うなずいてしまった。
ぴーぷす、ぴーぷす。
ぽわ。ぽわ。
受諾したこと自体は、後悔していない。
ただ、よくよく考え直したら、かなり、犠牲が伴うと気づいた。
僕のモチベーションは、伊勢さんへの恩義のみ。
もし、伊勢さんが、途中で、職を離れられたら。
不適な立場に、果たして、立ち続けることができるか。
現段階で、既に、門外漢の僕を引き入れることについて、反対意見も根強いと、聞いている。
伊勢さんの小判鮫を貫いて、伊勢さんが辞めるなら、僕も、辞める。
子供のように、わがままを押し通すことは、物理的に、可能か。
まして、お金がからんだら。
加齢とともに、持っているものを手放すことが、人類には、難しくなる。
共同経営で得た権益の全てを放り出して、まっさらの、なんでもない人間に戻るなんて、夢物語。
となると、今、経営に加入するということは、人生の残り時間の大半を、そこに持っていかれることになる。
逃げるなら、まだ何の契約も交わしていない、このタイミングしかない。
物書きとは、とにかく、個人であることが、身上。
いかなる組織に属することも、本来は、してはいけない。
物書きとしては、大いに、逃げたい。
が、生活者としては、絶対に、逃げるわけにはいかない。
なぜなら、僕は、自力では、生計を立てられないから。
失職してから、そのことを、痛いほど、理解した。
ひとりでは、生きていけない。
この話を断ったら、後がない。
でも、あまりにも、枉げなければならないことが、多過ぎる。
どうしたらいい?
ぴーぷす、ぴーぷす。
ぽわ。ぽわ。
炬燵の中、爆睡の愛猫に、布団の裾で、換気の風を送りつつ。
天井を仰いで、ため息をつきます。
幸い、明日にでも、契約の締結を、ということはない。
むしろ、当初の予定より、遅れることが予想されている。
引き延ばされた猶予を使って、考えなければ。
譲ることができないものは、何なのか。
それは、もちろん、書くこと。
具体的には、この千文小説。
今は、iPhoneで、枠を作って、MacBookで、仕上げている。
一つの記事に、所要時間は、一時間から、二時間。
それを、毎日。
今後、経営者に就任することによって、おそらく、まとまった時間が、取れなくなる。
小刻みに、数分から、数十分で、それこそ、一行ずつ、書き足していく形になるかもしれない。
そうなると、MacBookだと、小回りが効かない。
五分なら書ける、となった時に、役立つのは、やはり、iPhone。
事業主になることにより、電話やメールの連絡も、格段に、増えるだろう。
現在、最低容量で契約している回線を、かけ放題プラン等に切り替えて。
iPhoneだけは、Proシリーズを、奮発する必要がある。
じゃあ、MacBookは、Airで、いいんじゃない?
インターネットさえ、安定的に、接続できるなら、無理に、いや、無駄に、高級モデルに、手を出さなくても。
…ですよね。
というわけで、冒頭に戻る。
覚悟を決めるとは、何かを、あきらめること。
ゆったりと、炬燵に向かって、MacBookを打鍵する未来は、僕には、ない。
しみじみと、受け入れて、それでも、書きます。それでは、また。