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千文小説 その1158:遠近

 こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。

 次代のMacBookを、自分で決められると思うな。

 ここ数ヶ月、悩みに悩んで、突きつけられた結論は、それでした。

 ぬーひひひ。

 むーひひひ。

 ごろごろ。

 ずりずり。

 あまりにも寒くて、そうだ、炬燵、点けよう。

 軽く埃を取って、布団を掛けて、いざ、スイッチ・オン。

 いや、あったかいな。

 ぬふっ。

 ぽーん。

 くーひひひ。

 るーひひひ。

 …途端に、僕の膝から飛び降りて、すっぽりと、布団にもぐり込み。

 一緒に引き込んだ、愛用の、ひよこの毛布にからまって、ご機嫌に、ぬくぬくを堪能する愛猫に、時折、換気の風を送りつつ。

 小さな炬燵の中、巨大な愛猫を蹴り込まないよう、脚を縮めて、狭い天板の上、静かに横たわる、六台の愛機を見やります。

 iPodは、廃版。

 iPhoneは、Proシリーズ、256GB、暗色系。

 iPadは、買わない。

 MacBookは、…わからない。

 何をどうやっても、次代があるのかないのかさえ、判明しなかった。

 今代の、13インチのProを、永続使用することは、決定している。

 だが、それ以外は、文字通り、僕の手に負えない。

 今代を、いつまで、どこまで、使えばいいのかも、不明瞭。

 理論的には、突然、壊れるかもしれないし、徐々に不具合が出て、OSの期限内であっても、買い替えざるを得なくなるかもしれない。

 しかし。

 きーひひひ。

 りーひひひ。

 ごろごろ。

 ずりずり。

 たとえ、どんな別れ方をしても、この機体は、変わることなく、僕の一部。

 処分することもないし、忘れ去ることもない。

 もはや、時間軸の外側にたたずむ、普遍デバイス。

 …要するに、自分で選んでいない、ということですね。

 ええ?

 逆じゃない?

 自分で選んだからこそ、自分の一部なのでは?

 そうではない。

 自分で選べるものは、基本的に、僕の外部にある。

 目の前に陳列された品物を、どれか一つ、お取りください。

 これにします。

 じゃあ、百円で。

 はい、どうぞ。

 ありがとうございます。

 こちらこそ。

 あらゆる買い物の基本であり、他人とのやり取りのプロトタイプ。

 しかし、元々、自分に属するものだったら。

 なんか、いつも、あるね。

 手や足と、一緒だね。

 交渉は、要らないし、お金では、贖えない。

 失ったとしても、いつまでも、あると思って、生きるだろう。

 電子機器で言うと、iPhoneは、正当な取引の賜物で、MacBookは、所与。

 iPhoneは買えるが、MacBookは買えない。

 常に、向こうから来るのを、待つしかない。

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 ぽわ。ぽわ。

 なんで?

 自分の一部なら、向こうからは、来ないんじゃない?

 そこがね…。

 自分の一部であればあるほど、ものすごく遠くから来るように感じるのです。

 例えば、贔屓にしているところのバンドである、King Gnu。

 メンバーの皆さんと、自分自身を引き比べた時に、どこをどう取っても、何一つ、リンクしない。

 年齢、生育環境、ファッションセンス、もちろん、音楽の才能も。

 卑下ではなく、単なる事実として、僕とは、なんの関連もない。

 なのに。

 間違いなく、僕は、彼らを、自分の一部と思っている。

 経年によって、褪せることもなく、万が一、彼らが法に触れる振る舞いをしたとしても、そういうことも、あるよね。

 許す権限などないが、それが元で、離れていくこともない。

 できない。

 自分自身から、人は、どうやっても、逃れることは不可能。

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 ぽわ。ぽわ。

 同じように、MacBookを、毎日、見ても、使っても。

 なんとなく、自分とは、縁もゆかりもないものだ、と思ってしまう。

 iPhoneは、うんと愛していて、OSの期限が来て、SIMカードを抜かざるを得なくなるのが、今のうちから、寂しくて、仕方ないのだが。

 MacBookは、寂しくない。

 どこへも行かないと、知っているから。

 そもそも、僕が望んで、連れて来たものではないから。

 もちろん、購入したのは、僕。

 なのだが、…なんだろう、この、アクリル板に仕切られたような、もどかしさ。

 疫病の感染防止のため、未だに、レジの前にぶら下がっている、謎のビニールのように。

 僕とMacBookの間には、触れてはいけないカバーが掛かっていて、しかし、それは、超透明。

 視覚的には、ほぼ素通しで、相手の姿は、くっきりはっきり、歪まない。

 遠いなあ。

 もしかしたら、自分自身というのは、自分から、最も離れて、あるのかも。

 自分とキスすることは、できないものね。

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 ぽわ。ぽわ。

 MacBookが、僕自身を離れて、ごく普通の、選べる品物に変化することは、あり得るか。

 奇跡を待ち望みつつ、しみじみと、距離を愛でようと思います。それでは、また。

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