見出し画像

千文小説 その1159:見晴らし

 こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。

 どれほどきつくても、しなければならないことは、やはり、ある。

 ありがたいことに、僕の人生は、おおよそ、平穏で。

 誰がどう見ても、同情に値するほどの苦境に立たされたことは、今のところ、ない。

 が、それでも、はたからは、なんで、そんなことで?

 首を傾げるような、わかりづらいところで、ものすごく、苦しんでいる。

 苦労自慢ではない。

 気を引きたいわけでもない。

 ただ、僕にとってでさえ、こうなのだから、この世の全員、どこかしら、ご苦労なさっているのだろう、と思えば、うかつには、他人をうらやんだりは、できなくなる。

 それぞれに、厳しい部分があって、無意識に、無自覚に、それによって、つぶされないよう、バランスを取っている。

 さて、僕の場合、最も耐え難い、これだけはやめてくれポイントは、どこだ?

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 ぽわ。ぽわ。

 体調が悪い時の、外回り仕事。

 会社員時代は、これで、何度も、倒れそうになりました。

 飲食店のPR雑誌の記者だったので、取材=食べること。

 ところが、僕は、具合が良くないと、食べられなくなるタイプ。

 ひたすら、横になって、起き上がる気力が戻るのを待つのが、特効薬なのに、その真逆を行っていたのだから、それはそれは、地獄。

 おかげさまで、勤め先の倒産により、フリーランスに転向させていただいて、以来、地獄から、遠ざかるようになった。

 やったじゃん。

 これで、つらいこと、ないじゃん。

 …人生、そんなに、甘くはない。

 年をとったこともあり、ひりひりするようなむき出し感は、確かに、影をひそめたが。

 今度は、水虫のような、じわじわ来る責め苦に、苛まれるように。

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 ぽわ。ぽわ。

 若い頃は、全てに、期限があった。

 小学校→中学校→高校→大学→入社→定年、目に見える区切りによって、時間が動いていた。

 しかし、会社勤めを退いた今、人生を区切るものは、何もない。

 結婚も、しておらず、子供もなく、母親も、遠くにいる。

 縛られなくて済むと言えば、聞こえはいいが、はっきり言って、はぐれもの。

 かろうじて、ほぼ専属のような取引先の、ウェブマガジンの編集部との付き合いによって、世間と、どうにか、折り合いをつけているのが、現況。

 これは、危ない。

 一歩間違えば、俺は俺の生き様を貫く、と息巻いて、独自の時間軸を確立し、昼夜逆転、気まぐれな放蕩を繰り返しては、ますます、一般的な生活から逸脱していく、こだわりおじさん一直線。

 物書きとして、そうはなりたくない。

 なぜなら、僕の書く物を読んでくださるのは、ほとんどが、ごく真っ当な暮らしをされている、一般の方々だから。

 類は友を呼ぶ、こだわりおじさん目線で書けば、仲間のこだわりおじさんしか、読んでくれない。

 いや、こだわりおじさんは、仲間を見つけるのが嫌だから、他のこだわりおじさんの存在を認めたくなくて、絶対に、読んでなんかくれないだろうな…。

 もちろん、世の中には、こだわりおじさん大好きという、奇特な方もいて、それはそれで、ありがたいのだけれど。

 やっぱり、そっちには、行きたくない。

 珍獣を愛でるように愛されても、嬉しくない。

 多少、変わっているけど、まあ、話は、通じなくもないよね。

 すれすれの、ぎりぎりであっても、人間社会の片隅には、存在し続けたい。

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 ぽわ。ぽわ。

 となると、完全に独自ではない、さりとて、かなりの程度、僕の生活の実態に合わせた時間軸を、再構成する必要がある。

 このところ、Apple製品の研究に力を入れていたのも、おそらくは、その一環。

 OSの期限というのが、立派な区切りなのです。

 iPhoneは、よほど、お金に詰まっていなければ、その期限を、厳守すること。

 これによって、僕の生活の最低ラインが、定まったとも言える。

 iPhoneの、しかも、Proシリーズの256GBを、継続購入できるだけの稼ぎと、それに見合うだけの職を確保できる一般常識を、持ち続けなくてはならない。

 何のために?

 書くために。

 執筆機器を得るために書くために執筆機器を決める、ウロボロス的循環が、見事に、成り立った。

 本来、これだけで、いいはず。

 なのだが、やはり、iPhoneだけでは、書いていけない。

 MacBookが、どうしても、要る。

 でも、MacBookに関して、僕は、何の区切り/指針も、見つけられなかった。

 それで、いいのか。

 べたーっと、ずるーっと、今代の、13インチのProとともに、どこまでも、暮らしていくのか。

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 ぽわ。ぽわ。

 温かい炬燵の中、爆睡を続ける愛猫に、布団をはたいて、換気の風を送りつつ。

 天井を仰いで、ため息をつきます。

 もう少し、見晴らしのいい場所に、出たいです。それでは、また。

いいなと思ったら応援しよう!