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千文小説 その1215:鮮やか

 こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。

 昇進したり、結婚したり、進学したり。

 はたから見れば、おめでとう、の一言しかない状況にある時の、なんとも言えない、しかし、ものすごく重い、鬱、としか言いようのない気分。

 …人によりけりだと思いますが、僕の場合、これが、ひどい。

 大学に入学してから、二年生の終わりくらいまで、文字通り、記憶がない。

 授業に出て、帰って、寝込む、の繰り返しで、華やかなキャンパスライフをエンジョイするなんて、別世界の話。

 まだ伴侶にめぐり会ってはいないけれど、多分、入籍となったら、同じようになる可能性が高い。

 そして、今回。

 寄稿先のウェブマガジンの、共同経営者になることが内定し、そのこと自体は、大変、ありがたいが。

 …なっちゃったんですね、鬱状態。

 なんとなく、気分が晴れず、やる気も出ない。

 かろうじて、執筆だけは、どうにかこなし、残りの時間は、ほとんど、ぼんやり。

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 ぽわ。ぽわ。

 幸いなことに、お腹が空くと、修羅と化す、可愛い愛猫のおかげで、若い頃のようには、寝たきりにはならないで済んでいる。

 それでも、心身に、力が入らないのは確かで、ほんのちょっとの変化に、すわ、大病か。

 足の脇と、かかとにできた、ほくろのような、シミのような、二つの薄黒の色素沈着を気にして、くよくよしている日々。

 皮膚がんだったら、どうしよう。

 でも、病院、面倒くさいな。

 でも、早期治療が肝心、とか、ネットのサイトには書いてあるし。

 でも、どう見ても、病変とは思えないけど。

 でも、素人判断で、決め込んじゃいけないし。

 でも、病院、面倒くさいな。

 …完全に、ループしてますね。

 どうにも、動けない。

 動きたくない。

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 ぽわ。ぽわ。

 まだ正式に書類を交わしたわけではないので、断ろうと思えば、いつでも可能。

 なのだが、他に就職のあてもなく、このタイミングを逃すと、生涯、安定給は、望めない。

 願ってもない提案で、ご遠慮するなど、僭越至極。

 …その辺りが、ストレスのもとなんだろうな。

 本来、僕は、物書き。

 書くことにしか、興味はなく、法人の経営?

 見たことも、聞いたこともないよ。

 関与欲求は、皆無に等しく、その時点で、及び腰。

 知人のカメラマン、伊勢さんとお仲間が始めた会社なので、伊勢さんへの義理と人情がなければ、接することすら、なかったかもしれない。

 …大丈夫かな。

 根本的に、ニーズがかみ合っていないと、後々、そのずれの処理に、膨大なエネルギーが要る。

 僕にとってのメリットは、ただ一つ、収入。

 アルバイトに毛が生えたような、現在の実入りでは、iPhoneはともかく、MacBookの、それも、Proシリーズを、買い替えるゆとりなどない。

 が、共同経営に参画するとなれば、僕にすれば、破格の高額が、定期的に、口座に振り込まれることになる。

 やったじゃん。

 MacBook Pro、買えるじゃん。

 これって、欲なのかな…。

 お金に目がくらんで、本然を忘れて破滅する、昔話の、ダークな主人公に、なりはしないか。

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 ぽわ。ぽわ。

 もちろん、完全に見知らぬ組織に所属する、わけではない。

 伊勢さんとも、お仲間とも、全員、親しいと言っていい関係。

 ただ、ともに事業を、となると、また、変わるかもしれない。

 友人と立ち上げた会社が、数年で破綻する、なんて、よくある悲劇。

 金銭がからむと、純粋な友情というものは、保てない。

 一生、書くことだけで、生きていけたらな。

 執筆に関して、個人事業主であることは、ちっとも嫌ではない。

 映像系のウェブマガジンの、それも、共同経営者であることが、なんだか、違う気がする。

 要するに、そこに、重きを置いてはいけない。

 あくまでも、僕にとっての主眼は、伊勢さんへの恩返し。

 疫病騒ぎで、失職した僕に、別業種だったというのに、うちで書かないか、と声をかけてくださった、そのご恩は、生涯、忘れない。

 報いるには、働いて、お返しするしかない。

 だから、基本的には、このまま、引き受ける予定ではあるが、誤解なきよう。

 僕は、物書き。

 たまたま、副業が成功したね、くらいのスタンスを、保ち続けること。

 俺も偉くなったものだ、なんて、勘違いし始めたら、書く物が腐る。

 どんなに忙しくなろうとも、毎日、書いて、怠けない。

 仕事の依頼が一切来なくても、それでも、自分は、書くのだ。

 決意表明の場として、千文小説の投稿を、継続させていただきます。

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 ぽわ。ぽわ。

 炬燵の中、爆睡の愛猫に、布団の裾で、換気の風を送りつつ。

 天板の上、静かに横たわる、薄灰色のノートパソコンを開きます。

 上村元、鮮やかに、復活です。それでは、また。

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