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千文小説 その98:プードル

 こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。

 King Gnuの、「逆夢」のミュージック・ビデオを観て、花が、いっぱいだ。

 「白日」と、ほぼ同じプレイスタイルだが、楽器も増えて、草木に囲まれて。

 コンクリート打ち放し、モノクロの、荒涼とした、しかし、どこまでもタフな、現実的な世界から、ずいぶん、遠くへ来てしまった。

 差し挟まれる、上下左右が反転した、海辺の葬送シーンが、失われたものを、ようやく、形にし始めて、ひりつくような、むき出しの痛みが、多少安らいだ感じで、父の死から、徐々に、立ち直りつつある心に、とても、心地良いな。

 …と思ったところで、気づいたのです。

 まだ、父に、花を送っていなかったことに。

 なんたる親不孝。

 ごめんなさい、父さん。

 今、買いに行きます。

 ぶんきゃー!

 大好きな井口さんに、思う存分、すりすりできたうえ、お気に入りのエコバッグに詰まって、散歩に出られて、最高!

 テンション振り切れ状態の、愛猫ミントを連れて、イトーヨーカドーの花屋に向かいます。

 教会の中庭風、とまではいきませんが、小さな花屋にも、それなりに、みっちりと、花が並べられていて。

 …困ったな。

 父さん、どんな花が、好きだったんだろう。

 途方に暮れて、ふと、店の隅を見ると。

 ギフト用の、プリザーブドフラワー。

 ドーム型の、ガラスケースの中に、プードルをかたどった、白黒基調、ピンクが差し色の、可愛らしい造花が、こちらを見上げていて。

 …ううむ。

 お供え、という感じではないな。

 でも、気になる。

 これが、いいような気がする。

 供養の花は、死者のためだけではない。

 生きて、寂しさをこらえる、残された者のためでもある。

 母さん、意外と、犬好きなんだよな。

 父さん、動物が駄目だから、あの人が死んだら飼うわ、なんて冗談、たまに言ってたっけ。

 これにしよう。

 お願いします。

 配送で。

 埼玉まで。

 どっちゅーん!

 暴れるミントを、右肩に提げて、左手で、どうにか、伝票を書いて(ずいぶん、上達して、ぱっと見には、右手で書く文字と、変わらないくらいになりました)。

 あえて、母には連絡せず、反応を待っていた、翌日。

 珍しく、夜に、電話がありました。

 あんた、ミントのこと、知ってたの?

 …はい?

 開口一番、そう言われて。

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 思わず、膝の上、満腹で爆睡中の、我が愛猫を見下ろします。

 …ミント?

 うん、昨日、来たばっかりなのに。なんで? 夢でも見た?

 …なんのこと?

 プードルだよ、トイプー。保護犬団体に、ずっと掛け合ってて、やっと、話がついてさ。色は違うけど、あんたの花と、そっくり。びっくりしちゃったよ、なんなの? ミントのお祝い?

 …名前、ミント、っていうの?

 ミントの葉っぱが、好物でさ。道端で、ミント見ると、すぐかじるから、ミント。何? ほんとに、知らないの? たまたま? そんなこと、ある?

 …いや、その、父さんに、花を、って…。

 徹に? なんで、今頃? あの人、花も犬も、嫌いじゃん。なんとなく?

 …うん、その、…可愛いな、って…。

 あんた、時々、変に冴えるんだよねえ。わかった、たまたまなのね? いや、びっくりだよ、もう。写真、送るわ。もうじき、二歳で、子犬じゃないんだけど、ちっちゃくて、可愛いよ。

 …オス? メス?

 オスは、あんたで充分。やっぱり、女の子、いいね。産みたかったな、娘。まだまだ、嫁も孫も来なそうだし、ちょうどいいわ。じゃあね。

 …。

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 …ええっと。

 あれって、冗談じゃ、なかったんだ。

 ほんとに、父さん死んだら、犬、飼ったんだ。

 しかも、名前が、ミント、って…。

 これ、現実?

 正夢?

 逆夢?

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 ぐるぐると、脳をひっくり返らせたまま、スマホを置きました。それでは、また。

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