見出し画像

千文小説 その711:切り分け

 こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。

 今度こそ、消去して、きれいに拭いて、箱に収め。

 クローゼットに安置して、手を合わせ、祈りを捧げ。

 しっかりと、きっちりと、iPhone12 miniと、別れました。

 OSのアップグレードが終了するくらいのタイミングで、リサイクルに回そう。

 それまで、数年、どうぞ、ごゆっくり。

 ぬいーむ。

 よしよし。

 なでなで。

 いふーん。

 行こう。

 なーお。

 とてとてとてとて。ちりんちりん。

 足元にまとわりつく愛猫を撫でて、立ち上がり。

 一緒に炬燵へ戻って、あぐらの膝にお抱きして。

 さて。

 休憩。

 というわけにはいかないのが、この世の忙しなさ。

 物書きとして、次なる課題が、待ち受けている。

 にゅふーん。

 よしよし。

 なでなで。

 みゅふーん。

 西武ライオンズのバスタオルにくるまって、ご機嫌にくつろぐ愛猫をあやしつつ、iPhone14 Proの、Safariの画面を眺めて、ため息をつきます。

 ファンであるところのバンドの、四年ぶりのニューアルバムリリース、及び、史上最速での五大ドームツアー開催が発表され。

 そのことは、大変めでたく、喜ばしいのですが。

 …どこまで、ついていくか。

 規模が大きいだけに、こちらの度量や覚悟が、試される。

 にーふふ。

 よしよし。

 なでなで。

 くーふふ。

 アーティストの端くれとして、ファンの存在というのは、とてもありがたいもの。

 拝みたくなるくらい、大事にしていたはずが、いつの間にか、いて当然の、金づるになっていく。

 これもまた、至極当然の流れで、仕方がないと言えば、そうなのですが。

 …いやしくも、ロックバンドを、応援しているんだよな。

 だったら、ちょっぴりでも、反抗しないと。

 アルバムを予約して、シリアルナンバーをゲットして、ツアーのチケット抽選に申し込んで、当選するまで繰り返して。

 真っ当な路線を、少しでも、外れる。

 いや、そんな言い方は、おこがましくて、単に、懐に合わせる。

 いやいや、お金の問題ではない。

 限りなく、近いけれど、そうではない。

 大事なものは、何か。

 譲れないところは、どこか。

 ファンとして、立場を表明することで、物書きとして、改めて、ポリシーを打ち立て直さないと。

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 ぽわ。ぽわ。

 遠くへ行く。

 それが、ライブの本義。

 ファンが増えるほど、舞台と客席は遠ざかり、どれだけ遠ざかったか、その距離が、アーティストの価値を決める。

 豆粒ほどのプレイヤーを、ドアすれすれの座席から眺めて、ああ、遠くに行ってしまったんだな。

 しみじみと、かみしめる必要は、僕にあるか。

 ない。

 物書きは、職業的本能として、絶対的距離、というものを、身のうちに備えている。

 それがなければ、一言一句も発せない、文章作成の大前提。

 物書きは、いかなる人や物からも、あらかじめ、遠い。

 よって、わざわざ、物理的な距離を確かめに、物理的に遠くまで、書く時間を削ってまで、足を運ぶことはない。

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 ぽわ。ぽわ。

 間近で寄り添うこと。

 それが、作品の本義。

 本来、矛盾しているのです。

 パフォーマンスを伴う芸術に従事する人は、ファンとの距離、ゼロから無限大まで、同時に、実現しなくてはならない。

 その点、物書きは、楽。

 ライブがないので、遠ざからなくていい。

 みっちり、じっくり、己の内面と向き合うことを通して、大勢の内面に、肯定的な形で、影響を及ぼす。

 ミュージシャンは、大変だと思います。

 アルバム作りに精魂を傾ける一方、あこぎすれすれの商魂も見せつけなくては、スポンサーの好意を繫ぎ留められない。

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 ぽわ。ぽわ。

 人によって、答えの異なる問題です。

 学生だったら。

 演奏家志望だったら。

 心身に不具合があったら。

 アルバム&ドームツアーに、ファンとして、どのように対応するか、かなりの差が出るでしょう。

 四十歳・独身・男、引きこもりのインターネットライターの一例を、以下に提示します。

 これが、全てではない。

 しかし、間違いなく、真実の一端ではある。

 ツアーは、行きません。

 抽選の、申し込みもしない。

 アルバムは、買います。

 ダウンロード版は、即日で。

 パッケージ版は、シリアルナンバー添付分がはけてから、発売日ぎりぎりの予約で。

 …やっぱり、ちょっと、寂しいです。

 ライブ、いっぺん、行ってみたかったな。

 そんな気持ちが、疼かないことはない。

 それでも。

 切り分けないと。

 絶対的距離によって、好きなものへの執着を。

 これからも、書き続けるために。

 真の意味で、持続的なファンであるために。

 こらえることが、愛である場合も、あるのです。それでは、また。

いいなと思ったら応援しよう!