見出し画像

千文小説 その1223:あたりまえ

 こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。

 このところ、ずっと、何かと、戦っているな。

 ぼんやりと、そう感じていて、ぎりぎりのところで、助かっているな。

 綱渡り、薄氷、そんな単語が、つきまとって、しかし、何と、戦っているの?

 …それが、わからなくて、苦しんでいたんだよ。

 でも、やっと。

 特別扱い。

 それが、敵の名前。

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 ぽわ。ぽわ。

 正確には、特別扱いをしたい、という欲。

 裏返せば、特別扱いをされたい、という欲。

 特別扱いされたものを扱っている僕を特別扱いしてくれ、みたいな、ひねくれた子供のような主張が、頭の中、隙あらば、席巻しようとして。

 具体的には、MacBook。

 今代の、13インチのProを、今すぐ、14インチのProに、乗り替えたい。

 これこそ、欲望の言語化であり、それが言えれば、もう、大丈夫。

 そうか。

 ずっと、そう思っていたんだね。

 でも、同時に、それをやっちゃあ、おしまいよ、というのも、よく知っていた。

 なぜかは、わからない。

 そこまでは、言語の力の及ぶ範囲ではない。

 とにかく、13インチのProのOSの期限が来るまでは、他のいかなるMacBookも、炬燵に乗せてはいけない。

 物書きとして、最後の砦とも言える、生命に関わる一線を守り抜くために、ここしばらくの死闘があったのだ。

 はっきり言おう。

 特別扱いは、なし。

 13インチのProには、これはもう、買い換えるしかないよね。

 ぎりぎりの限界まで、筆頭愛機でいていただく。

 そして、肝心なことは、それは、当たり前のことである、ということ。

 Proシリーズだから、特別扱いをしている、わけではない。

 基本的に、デジタルデバイスの交換時期は、バッテリーに支障を来たした時か、OSのアップグレードが終了した時。

 13インチのProは、今のところ、いずれにも、該当していない。

 なので、今すぐ、14インチにグレードアップすることは、できない。

 それは、鉄則。

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 ぽわ。ぽわ。

 しかし、僕という存在を、他人のように、尊重するのなら。

 鉄則を知り抜いていて、そのうえで、あえて、今すぐ買い替えたい、という無謀を言い出すには、何か、理由があるんだよね?

 教えてくれない?

 駄々をこねる子供に対するごとく、あるいは、繰り返し難癖をつけてくるクレーマーに立ち向かうごとく、何よりまず、言語による対話を、試みること。

 もちろん、あらゆる場面で、言語が万能かと言ったら、そんなことはない。

 薬物や精神障害で、話が通じなくなっている人が、刃物を振り回しているような場面では、問答無用で、速やかに、逃げるしかない。

 しかし、たいていの場合は、やはり、落ち着いて、理由を問うのが、礼儀。

 どうなの、元?

 なんで、MacBook Proを、買い替えたいの?

 Touch Barが、気になるんだよ。

 …ごもっとも。

 それは、確かに、気になる。

 それだけ?

 それだけ。

 …なるほど。

 たった一本の、細長い液晶パネルのために、三十万円近くを投じて、新しい機体を導入するのは、割に合わないよね。

 なんとかして、もっともらしい理屈を探して、特別扱い、という発想に、行き着いたんだ。

 MacBookは、あらゆるデバイスの中で、特例である、と。

 だから、鉄則に反することをしても、構わない、と。

 どう思う?

 それって、妥当?

 …なわけ、ないよね。

 もし、どうしても、Touch Barに耐え切れなくて、ノイローゼになりそう、というのであれば。

 同じ13インチの、スペースグレイの、Air。

 シリーズ以外は、ぴったり同形の、もちろん、Touch Bar非搭載のモデルを、型落ちで、購入するという手はある。

 しかし、その場合は、二度と、MacBook Proは、買えない。

 あくまでも、生命保護のための特例ということなので、元々の、生命を脅やかすような環境は、全て、捨て去らなければならない。

 いじめがひどくて転校したのに、元の学校に戻るなんて、あり得ないのと一緒。

 今代の、13インチのProは、リセットのうえ、手放すことになる。

 できる?

 そこまで、Touch Bar、嫌?

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 ぽわ。ぽわ。

 炬燵の中、爆睡の愛猫に、布団の裾で、換気の風を送りつつ。

 天板の上、静かに横たわる、薄灰色のノートパソコンを見やります。

 何度でも言う。

 特別扱いは、しない。

 なぜなら、あらゆる存在は、等しく特別だから。

 13インチのMacBook Proも、愛猫も、愛深海生物も、この僕も。

 それぞれに、それぞれの歴史を背負って、ここにいる。

 全員、特別。

 それが、当たり前。

 ため息をついて、なんとなく、愛し、愛されて、生きます。それでは、また。

いいなと思ったら応援しよう!