【ショートショート】『茨城の人』
その、髭を生やした中年男性は、にやけた顔をして、私に強い訛りで話しかけてきた。
「あの~、茨城県の潮来市にスナック【みゆき】ってあるの知ってる?知ってる?」
私は答えた。
「いや、知らないですけど..」
「あっそう。これ、そこのママに聞いた話なんだけどね..」
「あの、今、雑談してる気分じゃないので..」
「あっ、そうなの?」
「はい。すみません..」
暫くすると、又、その人が話しかけてきた。
「あの~、茨城県の神栖市にバーバー【つかだ】って床屋あるの知ってる?知ってる?」
私は答えた。若干の苛立ちを抑えながら..
「いや、知らないですよ..申し訳ないですけど、茨城県行ったことないんですよね」
「あっ、そうなの?これ、そこのご主人に聞いた話なんだけどね..」
「あの、すみません..今、本当に、そんな気分じゃないんで..」
「ああ、そう..」
2分後、又、その人が話しかけてきた。
「あの~、茨城県の鉾田市に【岡田屋】って定食屋あるの知ってる?知って..」
私は、その人の問いかけを遮って声を荒げた!
【【【知ってる訳ないでしょうが!! 茨城県、行った事無いって言ってるでしょう!】】】
その人は、とても悲しそうな顔をして私を見ていた。
この後、自分の身に起こることを、この時の私は想像もしていなかった...
まさか、こんな事に...
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「あの..キッカケは何だったんですか?」
「ええと、私が失恋傷心旅行でパリに一人で行ったとき、ホテルでエレベーターを待っていたら、いきなり『日本人ですか?』って話しかけられて」
「ほう、それで?」
「それで、エレベーターに乗ったんです、二人で..」
「ほうほう」
「そしたら、エレベーターが故障でいきなり止まっちゃって..閉じ込められちゃったんです」
「ええ~、それで?」
「それで、あの人が話しかけてきたんですけど」
「なんて?」
「なんか、茨城のスナックがどうとか、茨城の床屋がどうとかって、しつこく言ってきて」
「はあ...」
「それで、しつこいから私、思わずキレちゃったんですよ!あの人に」
「えっ!」
「そしたら、あの人、すごい悲しそうな顔になっちゃって..」
「あら..」
「仕方ないから、私、謝ったんです」
「はい」
「そしたら、あの人が『こっちこそ、すみませんでした。お詫びに食事でもどうですか?』って、茨城訛りで」
「そして、一緒に食事したと..」
「はい、ちょっと怪しいオジサンだったから、普段なら断ると思うんですけど、心が弱っていたんで..」
「それで、今は茨城を中心に展開している、年商50億のリサイクルショップの社長夫人ですか!」
「はい。世の中、何があるかわからないですね..」
「まったくです..」
【了】
監督、脚本/ミックジャギー/出演.茨城の人.真木司郎、社長夫人役.ダしノガし明美、話を聞いてる人.毒光和夫
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