ぼた餅の棚あげ。
研究をつづける。
前回↓
https://note.com/nasanoya_nanoya/n/ncd2771e7de52
ゼロから取り直す、実験データ。
3週間かけて
11人データをとるのでも大変だったのに。
3日で
12人取った。
無理矢理。
取り戻そうと。
くらくらになりながら。
ふらふらになりながら。
同じ人は二度と取れない実験。
大学に呼ぶことのできる人。
「ご協力お願いできませんか」
と声を掛けられる人はかなり限られる。
LINEで必死に人を集める。
ギリ知り合いくらいの人にも声をかける。
送るだけ、タダ。
なんなら、実験の謝金が出る。(1時間¥1100)
と思いながら。
でも実際に来るのは、タダじゃない。
お金、時間。
人を使う実験をせずに
家でシミュレーションをやっている友達が
楽そうで、羨ましくてしょうがなかった。
思った結果は出ない。
人それぞれ。
感覚。
人を使う実験、研究は難しい。
でも、今は
人を扱う実験で良かったと思う。
ひとりだったらもうやれてなかった。
人に会うことの力を知れた気がする。
そりゃ楽そうな人もいれば、
同じように卒論に苦しむ人もいる。
その人は、自分のことを棚に上げて、
私に協力しに来てくれたのだ。
「卒論ヤバいけど、面白そうだから来てみた」
そういった友にどれだけ救われたか。
なんて恵まれているのだろう。
ホント人に恵まれている。
人望。
この言葉の意味を考えた。
人望のある人、ない人。
何が違うのだろうか?
多分、
自分の境遇を呪わないこと。
他人の境遇を祝うこと。
この二つが大事なのではないかと思われる。
とりあえずこの辺でストップ。
意味を考えたり、意味に悩まされるのは
一回やめようか。
いくら思った通りの結果が出なくても、
頭を抱えることじゃない。
私は、
ほんとうに
人に恵まれている。
すべきことは、
協力してくれた友への感謝。
表敬。
自分のことは1回棚に上げる。
あとでぼた餅が出てくることを願って。
なさのや
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