覆水盆に返らず。
片腕が、動かなくなったことがある。
元に戻ったのは、一年後だった。
私は、頚椎症の手術をするため、2018年11月、二週間の予定で入院をした。首の前と後ろを切り開いて、骨を矯正する手術だった。
「手術は問題なく終わりました」と医師から告げられた二日後、2リットルのペットボトルを持ったときに、力が入らず、持っていられないことに気が付いて、看護師さんを呼んだ。私は、そのとき、こう言われるんじゃないかと考えていた。
「あぁ、これね。この手術のあとにはよく起こることなのよ。すぐ治るからね」
しかし、予想に反して看護師はあわてて医師を呼び、その翌朝、レントゲンやCTスキャンなどの検査をすることになった。
医師は検査結果を見ながら、私に「今日、また手術をさせてもらいたい」と言った。全身麻酔で数時間かかる手術を二日前にしたばかり。手術後の痛みや苦しさがよみがえる。
私はこのとき、「今のしびれや麻痺は、首の中にある何か小さなスイッチを手術のときに不用意に触れてしまって、オフにしてしまったから、また首を開けて、そのスイッチをカチッとオンにすることで、腕は元通りになるんだろうな」というようなイメージを描いていた。
全身麻酔から覚めた夜は、不自由さと息苦しさで、夜が長く長く感じる。酸素マスクは息苦しく、おしっこの管はわずらわしく、固定された首が痛くて、まったく眠ることは出来なかった。
腕は、変わらなかった。
数日間、電気療法やマッサージをするが変わらず。再度手術をすることになった。また、あの夜を迎えるのかと思うと気持ちは沈んだ。だが、三回目ともなると、何が起こるのかわかるので不快感と恐怖は半減されていた。
三回目の手術後、腕は前回よりも上がらなくなっていた。
この頃になって私はやっと気がついた。不具合はスイッチのオフ・オンで変わるものではなくて、筋肉はリセットされてしまったのだな、と。バケツをひっくり返して水が無くなってしまったから、また一から入れ直さないといけないのだろうな、と。
この後、もう一度、首を開けることになる。二週間で合計四回、全身麻酔の手術を体験した。
四回にも及んだ手術により、神経は傷付けていないこと、入れた金具に不具合がないことは確認が取れ、そこからはリハビリによって完治を目指すことになった。一滴一滴入れ直すような一日一日の変化が見えにくいリハビリが始まった。
半月予定だった入院は二ヶ月半におよび、左腕は揺らす程度しか出来ない状態で、私は社会復帰をした。noteで弱音を吐きながら、通院と家での自主練に励みながら、私はついに一年後に「元に戻った」と言える状態になった。
それが今から五ヶ月ぐらい前のことだ。
半年も経っていないのに、まるで遠い遠い昔のことのようだ。いや、何となく私自身のことでもないような感じすらする。
おそらく細かく、長く綴ろうと思えば、もっともっとあるのかもしれないが、いまここに書いたことが、いま私の心の中に残っている全てだと思う。怒りも恨みも一切ない。このぐらいの出来事を乗り越える方が人生面白いなとも思っている。これを経て、だいぶ強くなった。ただそれだけ。