ちょっと遅くなっちゃったけど、神楽坂THE GLEEで開催された詩央里brothersとELLYバンドのツーマンライブの日のことを振り返るよ。
・白石の視点で振り返る詩央里brothersのあゆみ
2014年の夏にドラマーの馬部真也の紹介で詩央里と知り合い、彼女の歌と馬部のパーカッションと白石のピアノの3人でライブをやるようになったのだが、編成的にすべての曲のアレンジを司ることになってしまっていた白石は楽がしたくて人妻ベーシストの渡部かをりを召喚した。2015年の春、いま振り返っても「あれほんと怖いもの知らずだったよ」と感じるような箱で大きなライブをやることが決まったタイミングで、詩央里の昔のバイト仲間というだけの繋がりでギタリストの町田雄崇が仲間に加わり、『詩央里brothers』が誕生した。いろんな偶然が重なって出会った年齢も性別も経歴も好きなものも将来の夢もみんなばらばらな5人だけど、きょうだいのような一体感があるよね~みたいなかんじでテキトウに名付けられたものだったとおもう。命名主はもちろん詩央里だ。
2017年になって、詩央里ははじめてのアルバムの制作に取り掛かる。そのきっかけは白石が「もうオリジナルだけでそこそこ持ち曲できてきてるしアルバム作ってみれば?」みたいなことを言ったかららしいのだが、白石にはその記憶がないのだった。無責任な奴。夏になって完成したのが記念すべき詩央里のさいしょのアルバム『To my brothers』だった。そしてそこから2年後には2枚目のアルバム『咲く意味は』をリリース。どちらも詩央里brothersの5人で作った、当時の最新が記録されたアルバムだった。
その後は詩央里のものづくりや演奏活動はバンドから離れていく。詩央里の表現の手段のひとつとしてbrothersというバンド形式があるだけだということをみんなも分かっていたし、みんなも一生この5人でやってくとか売れるとかいうことは考えてなかったとおもう。でも、たまには5人で集まって最近どうしてるか聞いてよ聞かせてよ、というような具合でライブをすることがあった。今回もそんなチャンスが巡ってきたのだった。
・昔話はしない
同窓会など嘗ての仲間たちと会う場面であるあるなのが「昔話に花を咲かせること」だ。白石はこれが大嫌いで、時間の無駄とすらおもっている。振り返ることで前を向くことができる地点があったならそれは素敵なことだとはおもうが、少なくともぼくにとっては今現在やこれからの人生そのもののほうがよっぽどたいせつだ。また多くの人は過去のことを「青春の1ページ」のように言うが、ぼくはノートに書かれた日記やアルバムに貼られた写真のような切り取られた一時ではなく、巻子本のように地の続いた日々の連続であるように考えている。これはまぁ、ひとり寂しい学生生活を送っていたことや、いまのほうがよっぽど充実している実感があることに起因する考えだとはおもうのだが、ともかく、昔の仲間と会ったところで話すべきは最近どうしてるかなのだ。先が長いかもしれない人生をどう過ごそうとしているのかを話し合いたい。ぼくはこれができない知人を友人とは呼べない。
ジブン語りが得意なので前置きが長くなってしまったが、これは「たまに集まっていっしょに演奏する奴」でも全く同じことが言えるとぼくはおもっている。詩央里brothersのみんなと初めていっしょに舞台に立ってから8年半が経っていて、かつここ4年は年に1回も集まっておらず、その上で何年も前に録音した曲を演奏するわけだが、ぼくはここで昔話をしたくはない。みんなでアルバムを作っていたころのジブンから一切の成長をしていないのならば一生昔話ができる(というかそれしかできない)のだが、ぼくたちはそうではないのだから、常に最新のジブンを見せつけて過去のジブンを超えていかなければならぬ。成仏させてやねばならぬ。
ひょっとすると、アルバムを聴いてライブを見に来てくださるお客様のなかには、アルバムでやってることをそのまま生で聴かせてほしいという方もいらっしゃるかもしれない。でもぼくたちは音楽家だし、いまを生きる人間だ。日々変わらずに変わり続けている。当時の最新を再現することに価値があるとは考え辛いのだ。
そんなわけで今回はライブで演奏した曲をセットリストに沿って、録音当時と何を変えたのかとかいうようなところを中心に記録していこうとおもう。やれやれ、ようやく本題だ。
・対バンの話
この日はふたつのバンドが1時間ずつくらい順番に演奏するツーマンライブという形式でした。競演はシンガーソングライターのELLYが擁するバンド『The First』だ。ELLYとはぼくが初めて詩央里といっしょにライブに出たときからの付き合いで、詩央里とELLYはもっと前から友達だったわけだ。バンド形式のELLYとの対バンは2019年の7月7日(2月3日かも)ぶりで、そのときドラムを叩いていた宮﨑征爾が今回もいるということで期待して観た。
実は彼は大学の後輩だ。ほかの短大を出てから入学した関係で年齢はぼくよりも先輩だが。という事実を知ったのはその2019年の初対面のときだったんだけどね。「耳だけ客席に置いてきたみたいなバランスで叩いててめちゃくちゃ音楽的で良いっすね~」とか話しかけて喋り合っているうちに発覚した。面識こそなかったが、共通の友達がいっぱいいたり、「礼節技食堂」「みんなの学費で光る庭」「エレベーターが狭いと感じたときはエリックミヤシロ先生が同乗してるとき」といった共通の話題で盛り上がった。そんな彼が今回のライブでは詩央里brothersに対抗すべく同期音源をひとりで作ってきたというので驚いた。ドラマーでありアレンジャーでありトラックメイカーでありバンマスという例はなかなか珍しいとおもう。
で、その同期トラックがもう、ほんとあちこちから工夫や苦労が見えて、面白かったしお疲れさまでした・・・とかいう話を打ち上げでしました。彼は「理解者現る!」と喜んでいた。そうなんです、こいつらのアレンジって大変なんです、大変だしたぶんこいつら我々のやってることの1/4も理解及んでないよ、でも歌って楽しいかどうかみたいな絶対的で単純な物差しを持ってるのはやりやすいよね~とかいう話ができたのは面白かったな。なんだこれ、対バンの話というか打ち上げの話じゃんね。
・打ち上げの話
昼過ぎ開催のライブだったので夕方には会場を出て打ち上げに行きました。詩央里のライブは毎度ほんとうに日本各地からお客様がやってくるので、打ち上げは彼ら彼女らで大盛り上がりになります。今回は我々もそこに混ぜてもらいました。まぁぼくにとっては今回「も」混ぜてもらいました、なんだけど。
でまぁbrothersの野郎どもともELLYや彼女のバンドメンバーとも反省会みてぇな内容の話ができたり、先ほど触れたように「chanceめっちゃ聞いてるんですよ」というお客様のお話を聞けたり、顔馴染みのお客様方とも話せてよかったんですけど、まだ夕方なんですよ。夕方から飲み始めるとどうなるとおもいます?ぼくはこの日は終電まで一生日本酒を飲んでいました。
まぁめちゃくちゃ酔うわけなんですけど、ぼくは舞台を降りてもミュージシャンとしての自覚があるので(酒ごときで人様に迷惑をかけるわけにはいかねぇという強い意志があるので)みんなと別れて電車に乗るまではきちんと人の形をしていたのですが、座席についたらもうなんかジブンがいまどこにいるのかとかがよくわからなくなって、ダッフルコートのフードを被って蹲って、次に気が付いたら最寄駅でした。駅から自宅までは普段の足なら10分ちょいですが、このときは25分くらいかかっていたようで、一体どうなっちゃってたんでしょうか。こわいですね。でもたぶん誰にも迷惑かけてないし?気持ち悪くなって吐いたとかいうこともないし?寝て起きたらふつうに元気だったし?ずっと楽しかったのでヨシ!「7時間日本酒を飲み続けると酔う」という発見もあったし、ぜんたいてきに楽しかったのでハッピーだったわ!またよろしくな。ほな。