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【読書】みんなを嫌いマン

献鹿狸太朗. みんなを嫌いマン. 講談社, 2024

 職場と、子ども時代と、映画と本の話が絡み合って人間関係や教育に関するエッセイになったらいいなと思って昨日の記事に手を着けたのだけど空中分解した感じがある。編集や校正なしに一人で取り組むジャンルではないのかもしれない。もう少し地に足をつけた語りをするべきだろう。

ある日突然80億人を救うスーパーパワーを手に入れた上原至は、”みんなを守るマン”として今日も人類の平和を脅かす地球外生命体と闘う。致命傷と思える攻撃を受けても完治し、どんな敵をも薙ぎ倒し、どこにでもワープできる彼は生きる伝説となっている。闘うことを強要され、弱音を吐くことを禁じられ、助けられなかった命に想いを馳せる全人類の奉仕者は、全人類の奴隷であった。彼はいつまで皆を救えばよいのか。彼に救いはあるのかーー。

https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000398710

 とにかく地の文の口が悪い。三人称小説でここまで筆者の私怨を滲ませるやつがあるか。若手のロケをスタジオで腐す中堅芸人のようなノリだ。タワマン小説だって主人公の無自覚な質の悪さを丁寧に描いている以上、幾分お上品な気さえしてくる。

 ワンパンマンとかチェンソーマンとか今風のドライなアンチヒーローに比べてなんだか手塚治虫や杉浦茂が時々ドロッと出すシュールなのに生っぽい悪意のようなものを感じる。

舞由は結局塾を抜け出すことなんてしなかったし、かといって目の前のテキストを真面目に解いたわけでもない。できもしないことを誇らしく夢想しながらタイムラインを追って身にならない九十分を消費していた。じつは、この九十分が山路舞由の人生の全てを表していることを、舞由自身はいつまでも気づかないのだ。

献鹿狸太朗. みんなを嫌いマン (pp.13-14). 講談社. Kindle 版.

 唐突に殴る必要のない人間を殴っていく。ギリギリの道徳みたいなものでヒーローとして立っている主人公の傍らで、本当に片っ端から地の文がケンカを吹っかけていく。「責任」を読んだ時も思ったが、頭だけが良く共感が低いせいで孤独を味わった人って他罰的で独善的な視点にカタルシスを感じるようになるんだろうか?そういうピュアで葛藤のない動機ってストーリーとしては弱かったりする。デスノートみたいに。だから主人公は善なる存在として両立しているのはなかなか上手い。善なる至くんがお手軽行動原理の復讐ですらなく嫌だけど宿題はやんなきゃなみたいなノリで葛藤しててかわいい。時折、主人公以外の人物視点になったりそれがミスリードを誘ったりもするのだが、もう少し時系列が複雑だったり、誰が誰に対して思っていることなのか、手記なのか回想なのかぐちゃぐちゃになっても面白かったと思う。視覚ベースの描写が多く漫画原作という感じが強すぎるので。あ、箱男はまだ見てないです、予告編でミュウツーの逆襲のピカチュウみたいにカメラ男みたいな箱男同士が殴り合ってるのがギャグ過ぎて。

 スーパーヒーローの孤独なんて、あまりに使い古されたテーマもこの作者の性格の悪さがあって現代も読むに堪える内容になっていると思う。文藝賞最終候補者らしい。赤泥棒も読んでみようと思う。


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