【読書】彼岸花が咲く島
芥川賞作品というものを初めて読んだと思う。知らずに読んだことはあるかもしれない。ただ受賞直後に買ったミーハーな記憶はない。ラジオで勧められていたのでKindleで購入。
物語の舞台になる南国の<島>…ほとんどの島民たちは他の島を知らず、単に<島>と呼ばれる…は我々が生きる世界のオルタナティブとして描かれる。そこへ主人公の少女は漂流し、目覚めると記憶はなく妙な言葉を話す現地の少女に介抱される、という導入。
血縁のない共同体が同じ家に住む、自由恋愛で産まれた子どもは全て里親に再分配される、異性婚以外の多様な家族…等の素朴なユートピアが小さな島に成立している。島民が豊かにゆっくりと暮らす一方、島の歴史はそれを語るための特別な言語<女語>を習得できた少数の女性、ノロしか知ることができない。男子は女語を学ぶこと、話すことさえも禁じられている。このジェンダーギャップ社会の合わせ絵のような構造が物語の核心となる。
島の情景描写と相まって、彼岸花のように美しく、かつどこかで地獄を思い浮かべるような緊張感が常にある。
なぜ男子は島の歴史を知ることができないのか、主人公はどうして島に流れ着いたのか、隠された島の歴史とは?とミステリ要素も楽しめる。
特に印象深く感じたのはクレオール言語の描写が抜きん出ていること。<ニホン語>と呼ばれる日本語と中国語?(漢語の書き下し文のようなもの)のクレオール言語が島の日常語に用いられている。しかし主人公は現代日本語から不自然に漢語を抜いた<ひのもとことば>…たとえば「信ず」は漢語サ変動詞だが対応するやまとことばがないのでビリーブと置き換えられる…しか話せない。よって主人公と島民は微妙に意思疎通ができず、共同体になかなか馴染めない様子がとても生々しい。どこかの島で<ニホン語>が話されている気がしてくる。
※追記
もし政治的・民族的対立により、日本語から漢語が抜かれ英語に置き換えられたら、オリジナル日本語は地理的に隔離された漢語圏で独自の発展をするのではないか?という言語SFです。
以下ネタバレ
主人公のもともとの名前は最後まで思い出さないし、産みの親も登場しない。強いて言えば大ノロの最期の独白の後、いつか<ひのもとぐに>の男どもが大切な居場所や愛する人を奪いにくるのではないか、きっと恐ろしい武器を提げて巨大な船でやってくる、という父権への嫌悪が描写される。為政者や暴力的父親の象徴だろう。かつて貴種流離譚といえば賤しいものに育てられた主人公が高貴な産みの親に認知されることがクライマックスだった。
自分の居場所に血縁や生殖は関係ない。だが、父権は絶対的な暴力をもってある日それを突然奪いにきた。島の男に歴史を教えれば再び暴力を振るうかもしれない。その時はその時に考えればいい。未来を恐れすぎては今いる誰かを大切にできない。留保という成長の物語である。
ここではないどこかで出会いそしてどこにもいかない少女たちの留保物語。