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addiction(依存症)の反対語は正常ではなくcommunication(絆)である

麻薬や覚醒剤といった薬物には中毒性があることが知られており、その原因は薬物成分に依存性があるからだというのが一般的な見解ですが、この見解を否定する「ラットパーク」と呼ばれる実験があります。ラットパーク実験の研究者は、薬物中毒の原因は外的要因つまり薬物依存者の置かれた生活環境にあるとします。


1960年代にスタンフォード大学のアブラム・ゴールドシュタイン教授は、ネズミを使った実験から薬物依存の原因を追及しました。実験結果から薬物中毒は薬物自体の成分が原因だと結論づけたゴールドシュタイン博士は「ヘロイン中毒のネズミは、(多くの薬物中毒者のように)社会に反発しているわけでも社会経済情勢の犠牲者でも家庭崩壊の産物でも犯罪者でもありません。ネズミの行動は脳内の薬物成分にコントロールされているだけです」と語りました。このゴールドシュタイン博士の見解は広く社会に知られ一般的な見解になりました。

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しかし、この結論に懐疑的な研究者がいました。サイモン・フレーザー大学の研究者ブルース・アレグサンダー博士は、従来の薬物依存に関する研究は、マウスを狭いケージに閉じ込めて実験が行われている点に着目、普段とは異なる生活環境下に置かれる影響度について考慮されていないとして実験結果に疑問を呈します。そして、1980年、アレクサンダー博士は「薬物中毒は外部的要因(生活環境)が原因で引き起こされる」という仮説を立て、これを実証するために「ラットパーク」と呼ばれる実験を行います。

ラットパーク実験では、従来型の狭苦しく孤独な環境を再現した18×25×18cmのワイヤーメッシュの「植民地」と名付けられたケージと、8.8平方メートルという通常のケージの約200倍もの広さを与えたラットパークを用意し、それぞれの環境にマウスを置いて比較実験をしました。ラットパークの壁はネズミが普段生活する草原の絵を描き、また地面には巣を作りやすい常緑樹のウッドチップを敷き詰め、さらにネズミが隠れたり遊んだりできる箱や缶を用意、またマウス同士が接触できるようにし交尾や子育てが可能な環境を与えることで、さながらネズミの"楽園"を実現しました。

アレクサンダー博士は、ネズミが甘い砂糖水を好み苦い水を嫌う性質があることを発見、苦味のあるモルヒネ水に砂糖を加えモルヒネと砂糖の比率を1日1日変えていきながら、ネズミがモルヒネ入り砂糖水を飲めるようになるのにかかった日数を測定しました。実験の結果、植民地ネズミは楽園ネズミより早い段階からモルヒネ砂糖水を飲み始めることが分かりました。また、その総量を比べると、植民地ネズミは楽園ネズミの19倍も多くのモルヒネ砂糖水を飲んだことも判明しました。

また、他のネズミとの接触の機会を断たれた植民地ネズミがモルヒネに酔う反応を示すのに対して、ラットパークで楽園を満喫するネズミは他のネズミと遊んだり、じゃれ合ったり、交尾したりすることが多く、モルヒネによって楽しい生活を邪魔されるのを拒絶するかのように、モルヒネ砂糖水をあまり飲まなくなります。

アレクサンダー博士は、モルヒネによる禁断症状についても実験しています。新たに植民地と楽園に導入されたネズミには、ほとんどの日をモルヒネ砂糖水だけ与えられるものの、ごくたまに普通の水とモルヒネ水を選択できる日が与えられました。選択可能日にネズミが選択した飲み物を比較すると、孤独な植民地ネズミはモルヒネ水を継続して選択したのに対して、楽園ネズミは普通の水を選択してモルヒネ水の摂取量を減らしました。異なる環境下に置かれたネズミは共にモルヒネの禁断症状を示したものの、そこでとる行動には違いがあることが判明しました。

さらにアレクサンダー博士は、57日間連続でモルヒネを与えられた植民地ネズミでもラットパークに移され普通の水とモルヒネ水の選択肢を与えられれば、普通の水を選ぶようになるという実験結果も得ています。

このような一連のラットパーク実験から、アレクサンダー教授は「薬物中毒は外部的要因(生活環境)が原因で引き起こされる」という自らの仮説が正しいことを確信します。

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