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脚色しては戻したり

某月某日

会社に向かう電車内で本を開く。くどうれいん「氷柱(つらら)の声」。東日本大震災を盛岡で経験したものの「何も失わなかった自分には何もいうことができない」と口を閉ざしていた主人公の、10年間の物語。どこか尖っていて、意地悪な書き口だと、紹介してくれた人は言っていた。

すぐに本の世界に引き込まれる。

主人公の伊智花(いちか)が、まっすぐでいられないことに対して素直だと思った。私も知っている感覚だった。知っていすぎてちょっと嫌で、少し顔を歪めながら読み進めた。

自分で自分のことを未熟だとか、素直でないって分かっているけれど、素直になったらそれはそれで嘘な気がして。周囲によく思われたいから素直でない気持ちを脚色しては戻したり、素直な人を見てイライラしたり。

伊智花のことばをひとつひとつ追いかけて、たまに前のページに戻っていたら、あっという間に会社に着いた。上の空で、手だけは動かして一日を過ごした。

某月某日

日テレで放送中のドラマ「だが、情熱はある」を見逃し配信で流しながらカレーを食べる。オードリー若林と南キャンの山ちゃん、二人の芸人人生をほぼそのままに描いているらしい。見るかどうか迷いながら見始めたけれど、なんだかんだ今日で6話目だ。

オードリーのオールナイトニッポンをきっかけに、芸人のラジオ、テレビ、本、脚本等々に興味をもちやすくなった。前のクールではバカリズム脚本の「ブラッシュアップライフ」を大喜びで見たし、ハライチ岩井が小説新潮で連載している「僕の人生には事件が起きない」もたまに読んだりする。

ただ、今回のドラマについては懐疑的だった。若林も山ちゃんも現役バリバリなのに「伝説」みたいに仕立て上げちゃうことにも、若手のイケてる俳優をキャスティングしていることにも、むむむと思っていた。新参者ながらオードリーファンとして、これはいかがなものかジャッジしてやろう、みたいな気持ちで見始めた。恥ずかしい。

そしたら若林役の髙橋海人も、山ちゃん役の森本慎太郎も、春日役の戸塚純貴も、めちゃくちゃ若林だし山ちゃんだし春日でびっくりした。6話になってもまだびっくりしている。ジャッジしてやろうという気持ちはどこかに消えた。

あっという間に食べ終わったカレーの皿が、ドラマを見ている間にカピカピになってしまった。

某月某日

最近調子がいい。なぜだろうと不思議に思って、過去数カ月のアプリの記録や日記を振り返った。

改めて見ると本当に事細かに記録をつけてある。睡眠時間、食事内容、カロリー計算、歩数、やったこと、思ったこと感じたこと、全部残してあった。

日々の記録は以前もまめにとっていた。ただ、体調が安定して以降のまめさは、比べものにならない。とにかく細かいし、データ的に見返せる。

こういった記録は決まった時間にまとめてとるのではなく、都度都度とっていた。記録の数だけ振り返って行動を変える機会もたくさんあったワケで、だからこそ大きく体調を崩す前に対処することができたんだろうなと思った。

それから、日記にいいことだけでなくモヤモヤしたことも書くようになっていた。防衛反応なのか、嫌だったことはあまり覚えていないことが多いのだけれど、読んでいたら思い出した。記録として残し、感情としては切り離す訓練を積んでいたんだなと思って、過去の自分を褒めたくなった。


20230520 Written by NARUKURU



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