「窓際族」が存在しない!
人気ドラマ「半沢直樹」が日本では最終回を迎えましたね。アメリカでもTV Japanを通じて私も見ています。アメリカは日本より少し遅れて放送されるので、明日土曜日の夜が最終回です。銀行を舞台にした日本らしいバンカー、サラリーマンのドラマが毎週楽しみでした。
私も日本で13年サラリーマンをしていたので、「上司から言われたら、やるしかない」そうした日常が当たり前と思っていましたが、アメリカに来て、別の働き方や考え方を知り、驚きの日々です。
私は、機会があるごとに、アメリカ人に働き方について話を聞いて回っています。すると、逆にアメリカ人は、「じゃあ、日本人はどういう働き方をしているの?」と聞いてきます。
そんなあるとき、近所の友人たちとのウォーキング中に、「窓際族」の話になりました。ふと、英語に訳したら、どう訳せばいいのかと思い、状況を話したところ、
「そんな言葉はないわね。そんな人、アメリカでは存在しないから。」
と言われました。
そう、いったん入社すれば、退職まで仕事にありつける「終身雇用」は、日本独特のものなんです。だから、出世コースをはずれたサラリーマンが、あまり重要な仕事を与えられず、窓際近くに追いやられて、新聞を読んでいる様子なんて、アメリカ人には想像できないようです。
「窓際なんて、日が当たって、いい場所じゃない!アメリカは、むしろ、地位が上がると、窓際に行けるのよ。どうして仕事をしない人を窓際に置くの?」
これには笑ってしまいました。多くのことが、真逆のアメリカ。窓際というイメージも、全く捉え方が違うんですね。
確かに、アメリカでは、窓のあるオフィスは、いい所と見なされています。特に、ビルの角部屋は、2面がガラス張りになって、日当たりがいいことから、法律事務所でも、地位の高い人が入れる部屋となっています。
私は、翻訳者として、少しだけ法律事務所のお手伝いをしたことがあるのですが、複数の翻訳者が入れるということで、たまたま、空いている窓のあるオフィスを使わせてもらったことがあります。
それまでは、窓のない、ほとんど壁に向かうようなスペースで仕事をしていたので、窓からの日光は、なんとも気持ちよかったのを覚えています。景色と言っても、周りはビルばかりでしたが、それでも、窓のある部屋というのは、いかに心理的にも恵まれた環境か、というのを体感しました。だから、アメリカ人が日本の「窓際族」に首をかしげることも、言われてみれば、わかる気がします。
逆に言うと、アメリカからみれば、日本の窓際族ほどコストパフォーマンスが悪いことはなく、終身雇用の弊害だと気づかされます。
のんびりしてなんかいられない、というアメリカの働き方。では、どんな緊張感があるのでしょうか?
つたない話で申し訳ありませんが、自分の経験談をご紹介します。
アメリカの人材派遣会社のオフィスで、コンピューターを使う仕事をしていたときのことです。あるプロジェクトに一時的に多くの人が一斉に臨時で雇われました。普段は1日8時間、一週間で40時間の仕事です。でも、プロジェクトが終わりに近づくと、そんなに多くの人手はいらなくなってきます。そこで、段階的に人を減らすのですが、いつ、自分の仕事が終わるかは、全くわかりません。
「まもなく人数を減らします」
と、事前に告げてくれることもありました。でも、そんなに細かく事前通告があるわけではありません。場合によっては、突然、
「明日は、もう仕事に来なくていいから」
と、言われた同僚もいます。夜、携帯に電話がかかってきたそうです。自分の荷物が一部、机に残っているので、翌日、取りに行くと
「関係者は職場に立ち入り禁止」
ということで、使っていた机にさえ来させてくれませんでした。
どうするのか、様子を見ていると、会社のスタッフが、机の周りの荷物を、空の段ボール箱などに入れて、会社の入り口で手渡していました。つい昨日まで、コーヒーを飲みながら、仲良くお喋りしていたから、悪い人じゃないことは、わかっているのに!仕事の関係が終わると、途端に赤の他人になる。その豹変振りには驚くとともに、明日はわが身!と思いました。
「You are fired!」(お前はクビだ!)
トランプ大統領が出演していた番組で有名な決め台詞。でも、これは、演出に限ったことではありません。アメリカでは雇用主に許されている権限で、契約上、全く事前通告なくて言われても仕方がないとされています。一般に、(任意の)意思に基づく雇用(Employment at will)と呼ばれています。アメリカでは、どんな仕事も雇用主と雇われる側の契約によって成り立っていて、その契約書には必ず、このEmployment at willという言葉が含まれているのです。つまり、雇用主は、いつでも解雇する権利があり、雇われる側も、いつでも辞める権利がある、ということです。
ただ、そうすると、職場の周りに迷惑がかかったりするので、円満な終わり方をするときは、お互い2週間前に通告することがあります。それでもわずか2週間なので、日本の感覚からすると、驚きの短さです。
また、職種によっては、よっぽどのことがないと、解雇しないところもあります。そういう場合は、段階的懲戒制度(progressive discipline system)が利用されることが多いです。仕事を怠けている、周りに迷惑をかけているという事が発覚したら、上司が口頭で注意。それでも勤務態度が変わらなかったら、まず書面で「○月○日までに、勤務態度が改善されない場合は、解雇を検討する」と警告します。それでもだめな場合は、最終通告を与えて、最後は人事の判断に委ねることになるそうです。
これは、会社側が「不当に解雇された」と訴えられないよう、また、訴えられたときに正当な理由があることを示す証拠として、書面に残しておくようです。
いずれにせよ、日本のように、一度就職したら、終身雇用というわけではないので、アメリカの仕事には常に緊張感が付きまとうと言えます。
大雑把に言うと、日本は、100人分の仕事量に対して、80人を雇う。忙しいときは、目一杯働かせ、仕事が70人分に減ったときは、10人を「窓際に置きながら」80人体制を維持する、というスタイルなのでしょう。それに対し、アメリカは、100人の仕事なら100人を雇い、70人分の仕事に減ったら、30人を解雇する、という仕事の量に合わせた雇用体制のようです。
たまに「窓際族」から、思いもよらないアイデアが生まれたりすることもあるかもしれませんが、コストパフォーマンスが重視されるアメリカでは、そんな悠長なこと言っていられないのです。
ワシントンの国際機関で働く、あるヨーロッパ人は、アメリカ人の働き方を見て、驚いたといいます。
「とにかく効率よく仕事することを求めるんだ。そういうプレッシャーが強い国だね。」
ポカポカの「窓際」。アメリカでは、それは、干される場所ではなく、頑張って働いて、初めて日の目を見る、達成感に満ちた空間なんですね。
最後に話を「半沢直樹」に戻します。先日、私が週に一回の楽しみ、と思っていた「半沢直樹」ドラマをテレビで見ていたら、高校生の息子が途中から一緒に見始めました。彼はハーフでアメリカ育ちですから、日本語もわかりますが、細かいドラマのセリフはわからない言葉もたくさんあります。それでも、二転三転する展開に魅了されたようで最後まで(私の解説つきで)見ていました。
そして最後に私に聞いてきたのはバンカーの待遇。
「日本の銀行で働く人たちはあんなにいいところで働くの?」
大きな会議室、高級レストランでの会食など、彼の描くバンカーとはイメージが違ったようです。
アメリカでは銀行に行くことはあまりありません。引き出しも預け入れもすべてオンラインで終わるからです。行くのは投資の相談が主な目的かもしれません。それもコロナで最近は電話かZoomです。
コロナ前でも、銀行に行くと窓口が複数あっても、座っている銀行員は一人だったりして、がらんとしている、そんなこともよくありました。ですから、昇進を目指して歯を食いしばって頑張る日本のサラリーマン、そしてその先にあるトップの仕事の仕方など、アメリカの高校生から見た「半沢直樹」は、意外な点で驚きだったようです。
常にコスパが求められるアメリカ。日本も働き改革が進んでいますから、「窓際族」も死語になっていくかもしれませんね。