(31)迂直の計-竹簡孫子 軍争篇第七
それでは軍争篇第七の解説をしていきたいと思います。詳細な説明に入る前に、まず軍争篇が、「孫子」全体の中でどのような役割を担っているかを考えてみましょう。
虚実篇は、敵と味方の間で、虚実/戦力差を作り出す方法について述べていました。軍争篇は、戦力差を作り出す方法を、より詳細に深掘りしていく篇になります。虚実篇で述べた「人を致して致されず」は、敵と味方の間で、体力の状態が、元気である「佚」と疲労している「労」によって作り出されるとありました。
軍争篇は、「佚」と「労」の関係を決める、主導権争いで勝つ方法を述べていきます。
軍争、主導権争いには、障害や憂い、心配事である「患」と利益や優位でsる「利」という概念が出てきます。「患」と「利」は、対になる陰陽の関係になります。
「患」は「労」を生み出し、「利」は「佚」を生み出します。我が方が「佚」、相手が「労」であれば、「人を致して致されず」の我が方が相手を支配コントロールできる状況になります。
では、この主導権争いは、短距離走のように急いで動けば勝てるのかというとそうではありません。何万人という人間が数ヶ月間の軍事行動に耐えられる物資を持って移動するのですから、ゆっくりとなります。古代の話ですから道路も整備されておりません。崖や沼も足で越えていくしかありません。
そのような状況の中で、迂回/遠回り/後発を意味する「迂」と、直線/最短/先発を意味する「直」、二つの概念が出てきます。
「迂」は距離が遠く、時間がかかり、体力も消耗させます。「直」は、距離が近く、短時間で、体力も温存できます。
どのような状況であっても、「直」を選べれば良いですが、そのような状況だけではありません。多くの人にとって、「迂」の状況がほとんどであるのが現実です。
そこで「孫子」では、迂直の計という概念が出てきます。
【書き下し文】
軍争の難きは、迂(う)を以て直(ちょく)と為し、患を以て利と為せばなり。故に其の途(みち)を迂にして、之れを誘うに利を以てし、人に後れて発するも、人に先んじて至る者は、迂直(うちょく)の計を知る者なり。
【現代訳】
「軍争」(主導権争い)の難しさは、遠回りの道を直線に、つまり最短経路に変えて、憂いごとを利益に転ずることにあります。だから一見すると遠回りを選択しながら、敵軍を利益によって誘導して、故意に相手よりも遅れて出発しながら、それでいて相手よりも早く戦場に到達できるのは、「迂直の計」を知るからです。
我が軍の「患」を「利」に変え、敵軍に「利」を与え、はじめに持っていた早く到達できるという「利」を「患」に変化させる。我が軍は迂回しながら、真っ直ぐに目的地につく、「迂」を「直」に変化させる訳です。