甲子園の思い出
別に甲子園に出場したとかそういう話ではない。
阪神タイガースを応援するために、四十年近く前に父親と甲子園に応援に行った時の話。
詳しい季節は覚えていないが、ナイターを観戦しており途中から気温が下がり肌寒くなってきた。半袖を着ていたので五月だったと思う。
少し寒そうにしている小学生三年生の私に父親が声をかけた。
「寒いんやったら応援のハッピを買って着るか?」
周りの阪神ファンが来ている応援用ハッピが羨ましかった私は笑顔で「うん!」と答えた。
二人で通路に販売コーナーへ行きハッピを買おうと列に並んだ。嬉しそうに待っている私を優しい目で見つめる父親の顔を今でも覚えている。
しばし並んだところで、父親が商品の値札を見たようで少し顔つきを変えた。
「やっぱりハッピやなくて、バスタオルが良いんちゃうか。それを膝に置いたりしているほうが暖かいかも」
いきなりの発言に驚いたが、小学生ながらハッピの値段が父親の想像以上に高かったのだと察した。
「うん、それでいい。そのほうが風呂あがった後も使えるし」
いやや!ハッピが良い!!などと駄々をこねることをしなかった自分は偉かったなと思う。
まあ三人兄弟であったし、わがままを言ってはいけないとは幼少時から植え付けられていたというのもあるのだろう。
買ってもらったバスタオルを持って、できるだけ嬉しそうに席に戻ったのをなんとなく覚えている。なんでも好きなものを買ってもらうのが幸せではない。家族ですごした些細な時間が幸せを生み出すこともあるのだろう。
この事を思い出すたびに、不満よりも父親への感謝で心がいっぱいになるのだ。
今、娘とこのような関係を築けているかなと考えることがよくある。
一人っ子でわがままに育てられた娘はあの場面で駄々をこねるのではないだろうか。
自分は見栄を張って無理してハッピを買ってやるんではないだろうか?等々。
答えはパッとでない。
ただ、勉強などできなくてもいいし運動ができなくてもいいので、そんな形のない思いやりをもつ人間にはなってほしいなとは思う。