
「川下にいる者」から「川に並び進み、生きめぐるあなたとわたし」へ、改訂新版を書いたのは?
成田 喜一郎/寺澤 満春
まず、2004年に書いた寺澤 満春の詩「川下にいる者」を読み直してみたい。
この詩「川下にいる者」は、のちに論文、成田 喜一郎(2012)「次世代型学校組織マネジメント理論の構築方法 : 『水の思想・川の組織論』の創成過程」『東京学芸大学教職大学院年報』第1集, p.1-12.となってゆく。
「水の思想・川の組織論」が創成されていった。
丸山 英樹(2014)「ユネスコスクール・ネットワークに見られる持続可能性:バルト海プロジェクトと大阪 ASPnet を事例に」『国立教育政策研究所紀要』第143集, p.183-195.に、成田(2012)の「水の思想・川の組織論」が取り上げられている。「日本の学校現場においてもサーバント・リーダーシップの応用を試みた研究も見られる。例えば、成田(2012)は老子の思想も援用し、管理職が情報の下流にいる「川下」にあって生徒と教職員を支える様子を記述している。一般的に組織図を描くとき、責任の重い者が上位にあり、現場は下に位置づけられがちである。しかし、成田は平時においては「川上」にいる生徒や教職員の声を重視し、緊急時あるいはビジョンの共有のときには「川下」から提示する情報の流れを示す。ここで留意したいのは、概念化や先見においてビジョンを提示・共有することが求められるため、サーバント・リーダーシップは決して放任主義ではない点である。様々なリーダーシップ形態の中でもサーバント・リーダーシップは、教師が常にけん引するわけではなく、学習者の学習と環境を支えるために奉仕するものである。また、ここでいう学習者とは生徒だけでなく、ESD で重視される相互学習の観点から、教員も含まれる。」(p.188) *丸山英樹は、現在上智大学教授。
鶴田 麻也美(2019)「主幹教諭の「チームとしての学校」における在り方―サーバントリーダーとしての役割を果たす主幹教諭の職務―」昭和女子大学光葉会『学苑・初等教育学科紀要』No. 944、p.33~45. 本稿では、成田(2012)が以下のように引用されている。
「1 「水の思想・川の組織論」にみる管理職の役割
「チームとしての学校」を構築していくことは,新しい学校組織を構築していくことに他ならない。次世代型組織論として成田喜一郎は「水の思想・川の組織論」26) を提唱した。成田は,自身の副校長時代の実務・実践経験をもとに,経験知・実践知を意味づける実践的な理論研究の中でこの理論を生み出している。まさに学校現場の中から生まれた新しい形の組織論である。
「水の思想・川の組織論」とは,川の如く流動し,水の如く循環する静的かつ動的な組織である。この組織の長(サーバントリーダー)は,平時にはサーバントの如く川下におり,川上にいる組織の一員(パートナー/フォロワー)のよりよい活動のために助言や指導をする。しかし,活動の初発時(終了時)及び非常時にはサーバントリーダーは川上に駆け上がり,組織の全員にビジョンや方針を指し示す。「水の思想・川の組織論」は,「ヒエラルキー型組織」と「ネットワーク型組織」の長所・短所を学校現場の現実から捉え直し,構築された次世代型組織マネジメント論である。27)
「水の思想・川の組織論」における長(おさ=リーダー)は,「人の嫌う地味な場所」,すなわ「川下にいる者」である。しかし,組織が動き流れ始めるときは方針を指し示したり,危機・危険に遭遇しては「川上」に駆け上がり心ならずも統制したりしなければならない。28)
「水の思想・川の組織論」におけるリーダーは,時と場所と場合に応じて使い分けられる多様なアプローチのできる「管理」者でなければならない。29)
サーバントリーダーとは,アメリカのロバート・グリーンリーフ博士が提唱したリーダーシップ論の用語である30)。これは,ピラミッド型の支配型リーダーシップと対極の支援型リーダーシップのことである。成田はこの理論を学校組織に当てはめ,「川の組織論」を提唱している(以下,支援型リーダーシップを発揮するリーダーをサーバントリーダーと記す)。「ヒエラルキー型組織論」とは,「ピラミ
ッド」や「垂直」をメタファとする。「ネットワーク型組織論」とは「網の目」や「水平」に譬えられる。この「水の思想・川の組織論」は,成田によると,「ピラミッド」「ネットワーク」「逆ピラミッド」を循環するイメージがあるという31)。
成田は「グリーンリーフの 「サーバントリーダーシップ」 という概念は,実に不思議な概念である。「サーバント Servant(仕える人)」 と 「リーダー Leader(指導者)」 という相矛盾する概念を組み合わせた概念(撞着語法 Oxymoron)である。ともすると,サーバント(仕える人)という語に目がいきがちであるが,この概念は,あくまでもリーダーシップ(指導者)論であることを忘れてはならない」32) と述べている。つまり組織の大小を問わず,リーダーである校長や副校長等の管理職(成田は学級担任も含めている)としての役割とは,部下(この場合,学級担任や児童生徒,保護者)が成功する機会を作り,成長を促す方法を考え,実行することであるという。」(p.41)
土元 哲平・サトウタツヤ(2022)「オートエスノグラフィーの方法論とその類型化」『対人援助学研究』2022,Vol. 12 p.72―89.で、成田(2012)がレビューされている。成田(2012)は、「水の思想・川の組織論」に関する初めての論文であるが、研究方法としてオートエスノグラフィーを援用していった。
Google 「水の思想・川の組織論 成田喜一郎」
Google Scholar「水の思想・川の組織論 成田喜一郎」
◉ 成田 喜一郎(2023)『物語「教育」誤訳のままで大丈夫!?-Education のリハビリ、あなたと試みる!-』キーステージ21みらい新書.
◉ 金田 卓也・成田 喜一郎(2023)『越境する対話』KKresearch.
この2冊の著書は、その執筆や対話の過程で「並進」概念の探求がなされ、今日に至っている。「並進」概念は、漢字2字で示され、単純に「並び進む」という意味を示すが、フィールドワークを重ねて行くと、「並進」概念が、translation/並進移動、Mutual translation /Mutual Reflection /Mutual Documentation /Mutual Care /Mutual Reading等へと意味を拡張・深化させてきた。
こうしたフィールドワークにおける経験知や実践知が、「川下にいる者」という詩の内容や表現に違和感を抱き、その詩の改訂新版を書く決意が生まれました。
2024.7.22、寺澤 満春+成田 喜一郎・作「川に並び進み、生きめぐるあなたとわたし」という詩が誕生した。
川に並び進み、生きめぐるあなたとわたし
寺澤 満春/成田 喜一郎
川上にいるひとが重き荷を背負っておられれば
みずから川上に向かいゆき
その重き荷をわかちもつか そのそばに並び進むか できるか
川上にいるひとにうれしたのしきことあれば
みずから川上に向かいゆき
言祝ぐことばをかけるか そのそばに並び進むか できるか
川上のひとたちが恙なきときも
常に川上のひとたちに想いを馳せ
さらに恙なきことを祈れるか
川下にいるあなたとわたし 川上から流れくる
水の清きも濁りも
そのすべてを受け止められるか
川下にいるあなたとわたし 川上から流れくる
水のすべてに誘われて
川上のひとたちとともに並び進めるか
古代中国のとある方が
こんなことを言ったらしい
*
最も善きことは 水のようなものではないのかな
水はあらゆるものに恵みを与え 時に暴れ襲うこともあるが
水はひとの嫌う低き場所で いつも満足しておられるのではないのかな
このように 水は道/みち、そこを流れるタオ/Taoみたいなもんじゃないのかな
水は住むために 地味なところを好むようだね
水はものごとを考えるとき 奥深さを好むようだよ
友との交わりには 心のやさしさを好むようだね
ことばには 誠実さをこめることを好むようだよ
政/祭りごとには ゆるやかな秩序を好むようだね
仕事においては その方の持ち味を引き出すことを好むようだよ
行動においては ならでは時を好むようだねこのように 水は争わないから まちがいは多くないらしい(注)
*
今 川下にいるあなたとわたしは
常日頃のケア careを怠らず
そして 責任 chargeを果たし
必要に応じて 指差し導き direction
監督 supervisionする
いつも
川上のひとたちと並び進む運営 administration
経営 management を感じ 考えている
時に嵐が吹き荒れるとき 川の氾濫を避けるため
心ならずも統制 control せねばならないことも覚悟している
川下にいるあなたとわたし、仕事の後先 順序をまちがえず
常日頃 careに始まり care終わることを
そして 来るか来ぬか非常時以外は
川上のひとたちと並び進む運営 administration
経営 management をめざしている
さて、川上にだれがいる
小さいひとか 元小さいひとか、
はたまた その狭間におられるグラデーションの小さなひとか
そう 川下にあなたとわたしがいて
小さいひとやグラデーションの小さなひとは常に川上にいて
元小さいひやグラデーションの小さなひとは川下にいるはず
世の中にトップと言われるひとたちは
実は川下にいなければならないひとたちだ
トップにあぐらをかいて
トップダウンだ ボトムアップだなんて
ギロンは超えてゆこ
おのずと川は上から下へ流れるものじゃないの
世の中のボトムにいると思っているひとたちは
実は川上にいることに気づきたい
ボトムにあぐらをかいて
ボトムアップだ トップダウンだなんて
ギロンは超えてゆこ
おのずと川は上から下へ流れるものだから
そして 川の流れにそ〜っと身をまかせると
トップにいる自分も ボトムにいる自分も
いつしか
川と並び進み、生きめぐるひとに見えてくるものじゃないかしら
(2024.7.22作)