東京ステーションギャラリー(東京都中央区・東京駅 牧歌礼讃/楽園憧憬 展)
東京ステーションギャラリーで行われている藤田龍児とアンドレ・ボーシャンの作品展。不勉強ながら両名ともに知らない画家だったため、タイトルである「牧歌礼讃/楽園憧憬」と名付けられている通り牧歌的な作品が多く占めるのかと予想しながら見学へ。その予想はいい意味で裏切られることになる。
展示会場は3階が藤田龍児、2階がアンドレ・ボーシャンの作品として振り分けられている。順路は3階からとなっており、まずは藤田龍児の作品から。
藤田の作品を特徴づけるのは猫じゃらしとして知られるエノコログサで、作中のどこかしらにエノコログサが配置されていることが多い。シュルレアリスムを基調とした前半の作品では、そのエノコログサを粉末クレンザーとボンドで混ぜ合わせたもので表現していて、かなりテラテラした気色悪さが目立つ。虫のようである。エノコログサに古事記や日本書紀で登場する「オノゴロ島」に重ねていたというのもまた興味深いところ。
作品の多くは藤田が脳梗塞を患い、左手で作品を描き始めてからの作品になる。不穏な曲線、どこにたどり着くのかわからない導線、ぼんやりとした人物の表情からその色合いに至るまで、とにかく観るものの心に引っ掻き傷を与えるような不安。少なくとも「牧歌礼讃」というようなのんびりとしたものではない。狂気。ひたすら心が震えるというか、怯える。不穏が漂っている。素晴らしい。こんなに不安定な気持ちにさせられるのは久々かもしれない。
東京駅の遺構が残る螺旋階段を降りて2階の会場からはアンドレ・ボーシャンの作品となる。藤田に比べてかなり大版の作品が多い。美術教育を受けてきた藤田に対してボーシャンはいわゆる正規の美術教育を受けていないアール・ブリュット画家として、素朴派と呼ばれるジャンルに属している作家。実際に作品を見ているとデッサンの違和感などにそれが現れている。
実際に絵を描き始めたのは従軍後になってから。もともと園芸業をしていたボーシャンは徴兵によって戦争に従軍し、戦時中に実家が破産、妻がその負債を抱えて精神を病むという状況に直面することになる。従軍時に身につけた測定方法を活かしつつ、そこから絵を描き始めるようになる。妻が亡くなるまでの20年間、農業と画業と介護を並行して行ったという。目の前にある身近な自然をそのまま描いた作品が目立つ他、歴史上の人物をテーマにした作品も多く展示されているが、どれも絶妙な狂いかたをしていてこれもまた牧歌的、と単純に言ってしまっていいのか、という不安を呼び起こす。
この「牧歌礼讃/楽園憧憬」というタイトルは確実に確信犯。あら牧歌的なのかしらいいわね、なんて気持ちでいざ作品を観ようものなら不穏さに苛まされて言葉を失うこと請け合いである。知らない作家だった二人ではあったけれど、確実に傷をつけられてしまって痛痒い気持ちが半端ない。トイレはウォシュレット式。