世田谷美術館(東京都世田谷区・用賀駅 グランマ・モーゼス展)
砧公園の中にある世田谷美術館。公共交通機関での最寄りは用賀駅、とはいえそこから徒歩で20分ほどの距離にある。
普通に考えれば順調にたどり着くには地図を片手に、ということになりそうなものだけれど、用賀駅の北口を出ればすぐに案内の看板が出ておりプロムナード(いらか道)が砧公園まで続いている。曲がり角にも道にも重要な箇所で看板が出ているので迷うことはないかもしれない。
プロムナードの足跡には百人一首の和歌が全て刻まれており、字体も違っていてバラエティに富んでいる。お気に入りの和歌を探しながら歩けば長い道も苦にならない。
道はやがて環状8号線へとたどり着き、道を渡れば砧公園になる。砧公園は都内でも有数の広大な公園で家族向けの遊具や散歩道がある中、その隅の方に世田谷美術館がある。落ち葉の絨毯を踏みしめながら真冬にコートを着込んで鼻歌まじりでしばらく歩けば軽く汗をかくほどの距離でもある。
今回の展覧会はアメリカの画家であるグランマ・モーゼス展。アメリカではグリーティングカードなどにも使われる馴染みある画家だそうで、アメリカ北部の農婦だったモーゼスが本格的に絵を描き始めたのはなんと70歳を越えてから。地元のドラッグ・ストアに飾っていた絵を画商が見出してそこから世の中に知れ渡るようになり、80歳で個展を開いて人気作家となるものの、農婦としての暮らしを守りながら101歳まで絵を描き続けたという。
農婦としての暮らしを守りながら19世紀から20世紀にかけてのアメリカ農家の風景を描いたモーゼス。興味深いのはそのほとんどの絵に特徴的な額縁があること。学芸員の方に聞いてみると、彼女の近親の人たちが作品発表時に手作りで提供してくれたらしい。画集には額縁までは掲載されておらず、館内は撮影できないので額縁を見ることができるのは展覧会ならでは。
展覧会では彼女が絵を描いていた作業机の展示(本邦初公開)や、絵を描く前にやっていた刺繍での風景画などもある。刺繍でここまで繊細な描写ができるのかと驚く。絵に関しても正規の教育は受けておらず我流だそうで、アメリカの片田舎では当然ながら美術に触れる機会はなく、包装紙などを模写しながら自分なりの作風を築き上げたらしい。
風景画がメインとなるけれど時に人間を描くこともある。特に80歳を越えたあたりから人物像がとてもシンプルになっていて、これもまた愛らしい作風の一因となっている。
これらの情報は学芸員の方へ尋ねた時に教えてもらったことで、疑問点に対して真摯に答えてくださるのでとても好感度が高い。その場で答えられなくてもしっかりと答えを準備してくれるという点でレベルの高さが伺える。トイレはウォシュレット式。
2階では「ART/MUSIC」と称して横尾忠則やバスキア、ヴェルフリらの作品が展示されている。音楽と美術の親和性に焦点を置いた展示で、特に近現代の画家は音楽のジャケットなどを手がけているためそのカタログなども展示されている。音楽ジャケットを通して知らないうちに目にしていた作品も多くて驚く。個人的に驚いたのはオスヴァルト・チルトナーの存在。ドイツのインダストリアル・バンドであるアインシュテュルツェンデ・ノイバウテンの『患者O.Tのスケッチ』の元らしく、ここで初めて知った。アール・ブリュットは偉大である。2階のトイレは和式と洋式。
1階には他に市民ギャラリー、地階では参加型のアトリエ教室などもあり希望者は参加することもできる。この地階や外にも作品がいくつか展示されているので味わい尽くせば長時間いられる。
砧公園もついでに歩けば1日を過ごすことができる。近くには馬事公苑もあるのでついでに寄ってみて馬に想いを馳せるのも良い。