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穴ではなくドーナツに目を向ける

R.I.P David Lynch 


デイヴィッド・リンチが死んだ。

デイヴィッド・リンチ(David Lynch, 1946年1月20日 - 2025年1月15日)
アメリカ合衆国モンタナ州出身の映画監督、脚本家、プロデューサー、ミュージシャン、アーティスト、俳優。

Wikipedia

Wikipediaに載っている生年月日からハイフンの先が、亡くなった日付で埋まってしまっているのが思いのほかつらい。


僕がデイヴィッド・リンチを認識したのは、中学二年生の頃。

1990年代に放映されて本国のみならず、日本でもカルト的人気を博したテレビドラマ「ツイン・ピークス」の、日本における何度目かの再放送がWOWOWで放送されたときだ。

あれは夜の何時からの放送だったんだろう。

僕の頭の中では、家族が誰もいないリビングの半分の電気を消して、薄暗い中でツインピークスを見ている記憶がある。


ツインピークスを見ることを勧めてくれたのは母親だったのだけれど、家事に追われて忙しくしていた母と並んで見る時間は当時はほとんどなかった(お母さんごめん、ありがとう)。
一人で見ていた記憶のせいか、すごく夜遅くから始まっていたイメージだったのだけれど、実際にはそんなに遅い時間ではなかったかもしれない。

あるいは僕自身のスケジュールで、放送をリアルタイムでは見られないときも多かったので、僕が録画したビデオを、家族の寝静まった遅い時間に見ていただけだった可能性もあるが。


本編の前に必ずデイヴィッド・リンチ監督のアップの映像で、WOWOW視聴者向けの特別なメッセージが流れた。


ばふばふばふばふと、バイクのマフラー音か何かだったんだろうか(だとしても何故)、バックで何かの駆動音がずっと大音量で流れている中、デイヴィッド・リンチがテレビのこちらに向けて大きな声で怒鳴る。


“Hello WOWOW !!  Welcome to Twin Peaks !!”


部屋を暗くして、テレビの前に座って、コーヒーとパイを用意して見るんだ。

監督の言葉はそんな風に続いていた記憶がある。


それで僕は必ずコーヒーを用意していた。
UCCのインスタント。粉をお湯で溶くやつ。
当時はブラックでまだ飲めなくて、コーヒーを溶く半分はお湯ではなく牛乳だった。

それでも、一緒にコーヒーが飲みたかった。


とにかくツインピークスの登場人物たちは、
特に主人公のデイル・クーパー特別捜査官は、
劇中でずっとコーヒーとドーナツを食べている。
それかチェリーパイ。

コーヒーを飲めば、ツインピークスの中にいられる気がした。

ツインピークスの何もかもが好きだった。
そこでは悲しむべき理不尽な暴力も存在してはいるのだけれど、三次元の暴力を超越した先の世界もあった。そこでは殺された女の子が逆再生された言葉で喋る。赤いカーテンの部屋で小人が踊っている。

君の好きだったガムがまた流行るよ

火よ、我と共に歩め

フクロウは見かけと違う

25年後にまた会いましょう


謎めいて不可思議で明快な答えを与えられない全ての居心地がたまらなくよかった。


奇怪な謎に満ちたファーストシーズン、
セカンドシーズンになると急に雰囲気の違うメロドラマ調になる。
リンチが制作から抜けて、セカンドシーズンの最終話だけ担当したことを知って、作る人が誰なのかで作品は変わるのだ、ということをこの作品で強烈に学んだ。
そのセカンドシーズンですら好きではあるのだけど。

セカンドシーズンの最終話、デイヴィッド・リンチは監督として現場に戻った。
それまでのすべての流れが無に帰すような展開。
リンチのツインピークスだった。


僕がクリエイションというもの、
作家性というものを最初に意識したのは、
デイヴィッド・リンチの存在からだったのだと思う。

直後にやはりWOWOWで放送された「マルホランド・ドライブ」の衝撃。

2006年の「インランド・エンパイア」は恵比寿ガーデンシネマに観に行って長らく一番好きな映画第一位に君臨し続けている。


キネマ旬報をはじめとして、様々な映画・アート系出版社のムック本を手に取るようになったのもリンチ以降だ。

僕にとってエポックな存在だった。

作品の向こう側には、作っている人がいて、
作っている人の抱え込んでいる世界が、作品に当然影響を与えるものなのだ、
ということを意識させられたのはリンチが初めてだった。

見える世界が変わった。

ジム・ジャームッシュも、ティム・バートンも、ロバート・ロドリゲスも、王家衛も、好きな監督は山ほどいるけれど、作り手に明確な興味を持ったのはリンチのおかげだった。

そのデイヴィッド・リンチが、もういない。


ご家族のフェイスブックにこう書かれているらしい。

“There’s a big hole in the world now that he’s no longer with us. But, as he would say, ‘Keep your eye on the donut and not on the hole.'”

「彼がいなくなって、世界には大きな穴があいてしまいました。しかし、彼がよく言っていたように、『穴ではなくドーナツに目を向けてください』」

ドーナツを買ってきた


ツインピークスは25年後に続編としてサードシーズン(リミテッドイベントシリーズ)が作られた。


25年後にまた会いましょう、
というセリフをリンチは守ってくれた。


穴ではなくドーナツに目を向けてください、という言葉は向けられた僕らが守らなくてはならない番だ。

リンチの不在という穴にばかり注目して座り込んではいられない。

デイヴィッド・リンチは彼の作品という、何より確かなものを残していってくれている。

そんなことを考えながら、僕は買ってきたドーナツを食べた。

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