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栗と映画と落選と

 華やかな受賞報告の記事はあれど、落選の記事は意外とないので、落選した私の、緊張と高揚と恥辱と悲哀の数日間を書いてみよう。

 最終結果を待っていた。結果発表は10月の下旬と聞いていた。「下旬ていつからだろう?」今までざっくりとでよかったニュアンスを、厳密に知りたくなる。15日からが中旬として、20日からが下旬だろうか。
 note創作大賞に初めてのエッセイでエントリーして、9月の中旬になんと中間審査を突破したのだ。最終結果発表がいよいよだ。

20日(金)あたりからソワソワした。週が明けて25日(水)。さすがにそろそろだろうと朝から落ち着かず、気を紛らわすために残っていた紅玉でケーキを焼くことにした。準備を進めていると、ご近所さんから栗をたくさん頂いた。急遽、栗もケーキに入れることにする。キャラメルりんごと焼き栗のケーキ。陶鍋で蒸し焼きにしたアツアツの栗の鬼殻を黙々と剝きながら、頭の中は結果発表のことでいっぱいだった。おぼろげながら受賞の挨拶の言葉なんかを組み立て、「授賞式にはお着物だな。久しぶりだな。」とニヤニヤしては爪の間に刺さった鬼殻で我にかえる。または、初めてのエッセイだしエピソードをもっと絞った方が良かった。文章が練り切れてなくまだまだ雑だった。やはりまだ感情に流される。「落選か・・・。」と落ち込んでは爪の間に鬼殻が刺さる。
 焼きあがったケーキを三時のおやつにモリモリと頬張りながら、ふと中間審査の結果発表は何曜日何時だったか気になり、木曜の11時だったと確認。「では、明日の11時では?!」といよいよドキドキした。

 26日(木)。朝からあちこちを掃除しまくる。また今日も気が気ではない。結果発表がいよいよ今日の11時と踏んで、験が良いことは全部やって
気を紛らわせる。各部屋、廊下のほこりを落として掃除機をかけ、玄関を掃き、花を生け直す。良い香りを漂わせる。家中の鏡を磨く。トイレをピカピカにする。最後に裏庭のハーブを綺麗な水に差してトイレや洗面所に飾った。10時には全て終えた。我が家でかつてない清らかな空気が流れた。「ふむ、これが意識高い生活の眺めか。」と満足した。オシャレとかではなく、食欲と節約のために植えていたハーブも、こうして生けてみると気持ちが良かった。

 27日(金)。まさかの日程の予想が外れる。もう家でやることがない。でも、もちろん気がまぎれない。そうだ、気になる映画があった。9時20分の回を観に行こう。今日は会員デーで1100円だし。
 「愛にイナズマ」を観た。初日だ。CMで観た感じだと、家族のドタバタコメディっぽかったのだが、8割方鋭くて重かった。でも、すごく面白かった。駆け出しの映画監督の女性が、幼い頃に失踪した母と残された家族の動揺を映画にしようと奔走する話だった。夢に手を伸ばすことと、家族関係。両方の過酷さ、壮絶さ、手の届かなさ、強い覚悟、迷い、不屈が濃厚に描かれていた。ばらばらだった父と兄ふたりと、罵りあいながら、時にぎこちなく寄り添いながら目的に向かっていた。
 なんというか、父に対して。家族に対しての映画のテーマが、私がエッセイで書きたかったことの全てと感じた。愛してるから、分かって欲しいからぶつかる感じ。不器用でぎこちない感じ。諦めたいのに諦められない感じ。なるほど、これがプロの、興行が成り立つ作品か・・・。打ちのめされた。
 創作に対する主人公の執着、覚悟。私が描きたかった”家族のこと”のなんとおぼろげで雑なことよ・・・。何も足りてないぞ、私のエッセイ。ダメだこりゃ。帰りの車ではカーステレオから、適当にいくつも曲が流れていたのに、なぜかTHE BLUE HEARTS「青空」の「こんなはずじゃなかっただろ~♪」のところだけが私の耳にしっかりと残る。完全な敗戦ムードである。「いやいやいや・・・。まだ決まってない、まだ結果出てない!」自分を励まして帰宅。PCに向かう。メールをチェックする。note事務局からのメールは来てない。noteのサイトを開く。最終結果発表の文字。エッセイ部門に私のペンネームはなかった。

 19時。我が家での3番手、4番手の店に夫に誘われて、飲み物が届くと夫が開口一番「中間審査通過おめでとう!」と言った。私には「落選おめでとう!」と聞こえた。恋の最中、奇跡のような偶然に愛は加速するだろう。更年期の最中、奇跡のような偶然に憎悪が加速する。「貴様、わざとだろう~!(怒)」
 中間審査通過の際、「お祝いしなきゃだね。」と言ったのは夫だ。「受賞は無理だろうから中間審査通過を祝って欲しい。」と私はお願いしたのだ。最終結果は10月下旬とも知らせてあったのに、結局1ヶ月以上無視されて、先週末ケンカになった挙句のこれだ。こんな事なら、すぐに「落選した。」と言えばよかった。言えなかった。
 
 失意と落胆と怒りの中、帰宅しPCに向かうと続々と受賞者による授賞式の記事がアップされていた。「?!」今日結果発表で今日授賞式?!色んな記事を読み進めると、どうやら受賞者には既に9月26日(火)辺りには各自連絡が行ったようだと知る。じわじわと変な汗が沸く。

 そうとは知らず、10月の末、ソワソワとケーキ作りで気を紛らわせる私。あらゆる験担ぎをしてハーブを生ける私。映画に打ちのめされるも、受賞を諦めず気持ちを強く持つ私。

「恥ずかしっ!!!」

 しかも、受賞者の皆さんが四谷で祝杯を挙げている頃、私はしがない店で夫に「中間審査通過おめでとう!」と言われていた。

 何しろ、こういう挑戦が初めてだったので勝手を知らな過ぎた。もし次回チャレンジすることがあって、辛くも第一関門の突破が出来たとして今回のような恥ずかしさは避けられる。よかった。

 こうして私の初めての冒険は終わった。ソワソワしたり、チリチリしたり、ワクワクしたり、怒ったり、変な汗かいたり、泣いたりしたけれど、その全部が愛おしい。長いこと、うつ病が治らなくて勤めていた工場も辞めてしまった。いくつも掛け持ちしていた習い事も全部出来なくなった。月に5,6冊の読書も一切しなくなって、風呂にはおろか洗顔もままならず、そもそも朝起きられない日々は長かった。そんな状態を件の産業医に話すと「それが本来のあなたかもしれない。」と言われ、「そんな私、イヤです。」と答えていた。奇しくも、長く通った心療内科を卒業したのは中間審査発表通過の知らせの一週間前だった。

 今回のチャレンジは小さくも大きな第一歩だった。十数年ぶりに良い風が吹いている感じがする。ものすごく久しぶりにお父さんの名言が、声が頭の中で聞こえる。

 「これが終わりじゃないんだ。これからなんだ。始まりなんだ。」

 偶然にも、あのタイミングであの映画を観に行こうと思ったのは鬼籍の両親の計らいな気がする。私が落選のショックを受けすぎないように。過保護で過干渉な人達だったから。

 いいさ、りんごと栗のケーキは上手に焼けたのさ。今日は3切れ食べちゃうのさ。




  
 





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