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きっとぼくらは弱いから【公開文通】

親愛なる世古口様

このたびは、公開文通企画に賛同いただきありがとうございます!イベントに呼んでもらったり、お誘いしたり、接触回数の割にじっくり話す機会をなかなか作れなかった事もあり今回文通形式でいろんなお話ができたらと思っています。

世古口さんのプロフィール

世古口敦嗣(せこぐちあつし)農業を中心とした障害のある人が働く拠点「三休」を2019年4月に京田辺にオープン。また福祉にとどまらない音楽イベント「BYE MY BARRIER」や福祉を対話する文化をつくる「Dialogue FUKUSHI」等、地域とのつながりを大切にさまざまなプロジェクト企画・運営。


  今回セコさんと話してみたいテーマはざっくり「コミュニティってなんじゃろ」なのです。僕はまだまだ頭でっかちで、実行できてないことが多いですが、セコさんはこれまでも様々なイベント、活動を企画運営されてこられていて。

2015年から約2年間、障害者福祉の仕事と並行し、医療福祉エンターテインメント集団NPO法人Ubdobe の関西支部長としてイベントを企画・運営を行う。「バリアとおさらば」をコンセプトと据えた「バババ」の設立を目指したり、介護の採用に真剣に向き合う「KAIGO JINGER」を仕掛けたり、わたしとあなたと誰かの居場所「半径5メートルのまちあかり」の構想を練ったりと様々なプロジェクトを進めている。ときどき、コラムニスト。ときどき、講師。ときどき、ギターの弾き語り。(Wantedlyより引用)

楽しいことがしたいところとか、福祉職員らしくないところとか、(自分で言うな)なんとなく似た方向に光を見ている気がして、話してみたいと思っていました。今回は僕のコミュニティの捉え方について書いてみるのでよかったらセコさんのイベント論、コミュニティ論について聞かせてもらえたら嬉しいです。

パパとしても先輩ですし、今後ともどっぷりよろしくお願いします笑(何を)


コミュニティに惹かれるワケ

着地点は考えていないので思ったことをどんどん書いていきます。

コミュニティとはつまり人間関係のことなんですが、共通の要素を持っていることが重要だと思っています。直訳すると共同体、地域社会ですね。解釈は様々ありますが、むかしに比べフランクになった印象を持っています。

昔でいうコミュニティとは、大きく「地縁」と「血縁」だったと思います。その土地や血縁関係者としてお互いに深く結びついている。今でも少し田舎に行くと、その地域に住む人の家族構成や一週間の予定すらみんながしっていたりします。

今ではテクノロジーによって人とのつながりが簡単に持てるようになりました。縛られたくない、自由な「個」の時代に最適化されたコミュニティが生まれたと思います。深く関わりあうでもなく、束縛もない、ただ共通の興味のところで共感しあえる関係性が主だったかなと。

そこに危機感を感じたのは3.11とコロナでした。

イベントの手伝いなどを経験して、やはりエンターテイメント(楽しいこと)の根底には安心感とか安定が必要だ、という結論に到達しました。

コミュニティ、コミュニティ、コミュニティ

たくさん語られるけど実行の難しいコミュニティ。それってなんだろうって思って考えたら、

それは多分、友達とか家族とか、自分の大切な人たちとのつながりを意識することなんじゃないかなって思います。

半径5メートルって世古さんもイベタイにつけている通り、目の前の人との関係性を意識することが始まりで全てなのかなって。

僕らは一人では生きていけないからみんなで集まったり笑ったり迷惑かけたりするんだと思います。それってお互い様だよねって時々思い出すだけでつながりがちょっとずつ深くなっていくのかなって。

みんなが情報発信するようになって、同じ興味を持つ人たちがつながりやすくなっていろんな垣根をテクノロジーがぶっこわして社会がボーダーレスの方向に向かいました。

きっと僕らは弱いから、そのことを忘れずにいるのが大事なのかなって思いました。

こんなところで一通目にしておきます。


おつかれちゃんことナカコ

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