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『命』を与える物語。映画『ルックバック』感想
映画『ルックバック』がめちゃくちゃ良かったです。
原作の漫画も良かったし、映画もとても良かった。
どっちも大好きなんですが、どちらかというと映画のほうが好みでした。
絵がとてもきれいで、風景がとんでもなく美しかったのです。
もしまだ見てないという方はぜひ見てほしいし、劇場公開が終わったところは、今後発売されるであろうDVDとか、なんでもいいから見てほしい。
たぶん2024年最も推す映画になりそうです。
『ルックバック』は現代版『トーマの心臓』
ストーリーだけ追うと、「漫画」「絵を描くこと」にエネルギーを費やすことを決めた少女たちが、ひたすら描き続けるという物語。でもある日、主人公のうちのひとりが、ふいに乱入してきた殺人鬼に命を絶たれ、非業の死をとげます。
この世は非常で、理不尽で、なんの落ち度もない少女が、突然降って湧いた災難によって命を失う羽目になりました。その苦労がひとつも報われないままに。という喪失の物語です。
でも作品を見終わって思うのは、これは喪失の物語ではない。
命が与えられる物語だ、ということをびしびしと思うのです。
これはもしかしたら、現代版『トーマの心臓』ではないかと思うほど。
![](https://assets.st-note.com/img/1722503700469-JjUzQ2xuHK.jpg)
萩尾望都先生の大傑作『トーマの心臓』は少年の物語ですが、こちらもまた非情な暴力によって傷つけられた少年ユーリが、命をもらう物語です。
『トーマの心臓』は精神的な死からの復活なのですが、根底に流れているのは『ルックバック』も同じではないかと。
才能とは何か。生きる意味とは。
生き残る主人公、藤野ちゃんは漫画が好きで、漫画がうまくて、でもそこに現れたとんでもなく絵のうまいもう一人の主人公・京本にこそ、才能があると感じた時から日々の努力が始まります。
この作品のテーマは2つあって、ひとつは「才能とは何か」そして「生きる意味とは何か」です。
絵を描くことが好きで得意で、絵ばっかり描いている主人公たちは、『絵がうまいという才能』を活かすために必死に努力するのですが、でも実際に彼女たちの才能は別の所にありました。
それは、自分にとってやりたいことをやりぬくこと。
ただひたすらにやり続けること。
自分の中の火を絶やさずに、ひたむきに燃やし続けること。
燃やした結果デビューするとか、高校生作家と呼ばれてもてはやされるとか、お金が儲かるとか、名声を得るとか、そういうことはすべておまけのようなもので、とにかくやること。やり続けること。
世の中には『鬼滅の刃』の煉獄さんのようにぼうぼうに燃える人もあれば、蛍のようなはかなげな火を灯す人もいて、どちらがいいとは言えないのですけれど、その火を消さないことが才能だと描かれています。
自分のやり方で、自分の炎を燃やし続けること。
そしてその炎が照らし出す世界があります。
作品中で、ただひたすら漫画を描く彼女たちは、一年を通して狭い子供部屋で過ごし、そうしているうちに四季が巡ります。
秋田県が舞台となっていることから、冬には雪が深く、春になると山々が青く萌え、初夏になると水田の緑が一面に広がって、田んぼが休みになると野鳥がやってきて羽を休めるシーンが描かれます。
その日本の風景は素晴らしく美しく、作画の凄さに目を瞠るのですが、あれはまさに彼女たちが懸命に描く合間に見える風景。
時には徹夜をして、暑い中も朝から晩までずっと描き、机でつっぷして寝てしまうときがあっても、その合間に見える外に見える景色はなんという驚きの美しさに満ちていることか。
ほんのときたま街へ出かけることもあって、その時手をとりあって走る二人が見るお互いの顔。ただの街の空気がきらきらとして、太陽の光がこんなにもあざやかで、この世はこんなに美しいのか。
でもそれは、万人が見れる風景ではないのです。
いつの日もいつの日も、ただひたむきにがんばり続けている。その渦中にいるふたりだから、見つけられるまぶしい日常なのです。
人は何のために生きるのか。
自分の情熱の炎が照らし出す美しい世界を見るためです。
この美しいものを、何重にも脳裏に刻むこと。生のある限り、この目が映す美しい世界をたくさん見つめること。
これが生きているということではないでしょうか。
命を与える物語
非業の死を遂げる京本は、もうひとつの才能がありました。
それは、「藤野ちゃんの才能を見つけて認める力」でした。
作中ではずっと「いかに絵がうまいか」ということが重要な課題として出てくるのですけど、本人は自分の絵のうまさにはむとんちゃくで、それよりも「おもしろい漫画を描いている藤野」を心から尊敬して慕うのです。
その漫画は学校中の子はもちろん、先生も読んでいて、みんないつも楽しみにしていて、将来漫画家になったらサインちょうだいね!なんて言う描写があります。
でもそれは口だけで、だんだん年齢が上がっていくと「漫画ばかり描いてたらオタクって言われちゃうよ」なんて言い始め、親兄弟も、漫画に打ち込むことに対して否定的なのです。
実際のところ、将来大ヒットを飛ばす漫画家になる少女がここにいるなんて、誰も考えてなかった。藤野ちゃんは大天才で、その世界観はすごく面白くて、何が何でも描くものを読まなければならない!
そう考えてくれていたのは、京本だけだったのです。
京本の気持ちが、漫画家藤野ちゃんを誕生させたと言っても過言ではありません。
藤野ちゃんはつまり、ずっと命をもらっていたようなものです。
京本が死してなお、藤野ちゃんに命を与え、また漫画に戻っていくのは、必然のことだったのです。
でもそれは、引きこもりだった京本に漫画で命を与えて、外の世界にひっぱり出していたから。
映画『ルックバック』は少女が命を失う物語ではなく、命を与え、与えられ、ずっと生きていく物語です。
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