江戸時代のスペースオペラ『文楽』主役は蘇我入鹿(いるか)?
文楽、鑑賞してきました。
日本の古典芸能は数多くありますが、その中で「人形」を操って「三味線」で音楽をつけ、「太夫」が語って展開するドラマ。文楽です。
この文楽に飛鳥時代を題材としたものがあると!
しかも、蘇我入鹿が大悪人として登場すると!
もうこれだけで見に行く必要が120パーセントを超えました!
タイトルは『妹背山女庭訓』
・・・? 蘇我入鹿のいの字もないのですけど・・・??
しかし、これ入鹿が登場するのです。そして入鹿じゃないとだめなんです!!
妹背山女庭訓の内容とは
気軽に行ったのですが、実は超絶長い『5つ』の物語のひとつが上演されていました。(しかも4時間近くあった)
☆全タイトルはこちら☆
● 初段 大序 大内の段〜小松原の段〜蝦夷子館の段
● 二段目 猿沢池の段〜鹿殺しの段〜掛乞の段〜万歳の段〜芝六忠義の段
● 三段目 太宰館の段〜妹山背山の段
● 四段目 お三輪と苧環(おだまき)杉酒屋の段~道行恋苧環(みちゆきこいのおだまき)の段~三笠山御殿の段
● 五段目 志賀都の段
冒頭の一段・二段が『○部』みたいな感じで、その中で織りなすドラマが、3章~5章あるという感じ。
時の天皇・天智天皇に成り代わって、世界をほしいままにしたその家臣、蘇我入鹿は、かつての仲間だった家臣軍団(鎌足・不比等)らと壮絶なバトルを繰り広げる。
入鹿を打つために不比等は世を忍ぶ仮の姿となって潜伏し、そこでは可憐な恋模様も展開されたのだった・・・!
という人情あり、怨恨あり、恋愛あり、裏切りあり、二股あり、忠義あり、バトルあり、ダンスありという『スターウォーズ』と『インド映画』と『任侠モノ』と『ファンタジー』を全部ひとつの鍋で煮込んだようなすさまじいもの!!
そう、文楽『妹背山女庭訓』は江戸時代の大スペクタル大河が、愛執まみれて展開し、最後は正義が勝つ勧善懲悪「飛鳥時代」時代劇だった・・・!
そして何がすごいって、蘇我入鹿の設定がすごいのです。
すごすぎる!ラスボス入鹿の設定
スゴイ1・入鹿は異能力者
スゴイ2・なので倒すには特別な武器が必要
スゴイ3・その武器に必要なので、女たちが犠牲になる
ちょっとした異世界転生モノよりすさまじかったのでした。
スゴイ1 入鹿は異能力者
時代設定は飛鳥時代。天智天皇が治めていらっしゃいます。
天智天皇は病気になり、盲目に・・・代わって世の中を牛耳ろうとした蘇我蝦夷(えみし)は、忠臣鎌足を失脚させ、息子・入鹿も抱き込んで蘇我の世の中を作ろうとします。しかし息子の反逆にあうのでした。そう、実は入鹿こそ真の大悪人・・・父すら手駒に使って、自分が天下を取ろうという算段だったのです・・・!
実は入鹿は、なかなか子宝に恵まれなかった入鹿ママが「白い神鹿の生き血を飲めば子が宿る」という伝説のもとに生まれていたのです!
鹿が(胎内に)入ったから=入鹿!! ええええ。そうだったの・・・!?
ともかく『白い』『神鹿』パワーを秘めた入鹿は、超能力を使えたのです!
スゴイ2 なので倒すには特別な武器が必要
異能力者ですから、常人ではないのです。ふつうに殺しても死なない。
しかし唯一の弱点が「黒い爪の鹿」の血と「嫉妬に狂った女の血」をブレンドして笛に仕込み、それそ霧吹きみたいに? 吹きかけたら倒せるというもの。
白い神鹿の生き血で生まれたのだから、それに対抗する「黒い爪の鹿」は、まあわからんでもないのですけど・・・
「嫉妬に狂った女の血」ってなに!?
しかしこれがまさかの、ラストの重要な伏線になってくるのです。
スゴイ3 その武器に必要なので女たちが犠牲になる
天皇を裏切った逆臣と、正義を取り戻すために戦う戦士たちのバトルもの・・・の中になぜか「恋の話」が挿入されます。
奈良に桜井というエリアがありまして、昔からお酒造りがさかんです。それは神様がもたらした神聖なる水が湧くことから、神様に捧げるための酒が造られてきた歴史があるのです。
ある酒蔵の令嬢「お三輪」さんは、隣に引っ越ししてきたかっこいい男性と恋仲になりますが、彼の元に通う不審な女が・・・
じつはこの女性とお三輪さん。二股かけられていたのです。
お三輪さんが恋した男の正体は、藤原不比等。
彼はにっくき蘇我入鹿を討つために、別人になりすまして潜伏し「入鹿の妹」に近づいて情報収集をしていたのでした。
この妹こそ、その女なのです。
そんなことは知らないお三輪さんは、男の不義に激怒し、取り返そうとやっきになりますが叶いません。
嫉妬に狂うお三輪さんは、行き会った男に突如刺され・・・
なんで??と思っていると、刺したのは入鹿の家臣だったのでした。
そう、入鹿退治のために必要な「黒い爪の鹿」の血と「嫉妬に狂った女」の血。
お三輪さんは入鹿成敗のための重要なファクター!!
御前さんは、愛しいひとのお役にたったのだ・・・と教えられ、納得して昇天するお三輪さん。
いや、せんやろう。
真実は細部に宿る・・・奈良愛にあふれた設定
かくして大団円を迎えるのですが、ここに至るまでの要所要所に
●入鹿の御殿は御蓋山のふもとにある(奈良の鎮守 春日大社は御蓋山の麓にある)
●天智天皇のもとに仕えた采女が入水自殺する(采女伝説)
●黒い爪の鹿を殺した罪で「石子詰め」という刑に処せられる(三作石子詰め伝説)
●蘇我入鹿は三種の神器を持って逃げた(天皇の印)
●お三輪さんの名前は「三輪明神」から来ている(大神神社)
●お三輪さんが恋の証に「苧環(おだまき)という糸を巻いたものをもって登場する。(古事記の伝承)
と、奈良の有名エピソードがこれでもかこれでもかと詰め込まれています。
なんとも奈良愛あふれるストーリーなのです。(ほんまか?)
これ・・・知らない人が見たら、全部信じそうと思ってうっとり(笑)
こうやってちぐはぐな知識がパズルのピースのように、頭の中に散らばり、いつか真実を知って仰天するのだろうな・・・
江戸時代の人から見て、奈良の伝説や伝承はどれもこれも、宝の山にみえたのでしょう。奈良はほんとに豊かで、深い歴史に満ちているのだということを改めて教えてもらった文楽鑑賞でした。
そうそう、タイトルの「妹背山」は実際にもある夫婦のように見える山。「庭訓」とは、親から子へ伝えるべき教訓。女がつくので「女子のあるべき教訓」とでも言いましょうか。
江戸時代の人が「歴史」や「入鹿」ではなく「ラブロマンス」「女子の本懐」的なことに興味関心があったということでしょうね。
巻頭イラストはkazumiさんのものを拝借しました。ありがとうございました。