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奈良は「永遠に楽しめる箱庭」なのかもしれない
2005年に奈良へ移住してきて、早いもので15年が経とうとしている。あと3年もすれば、生まれ育った新潟県で過ごした期間を超えて、奈良県が「人生でもっとも長く暮らした土地」になる。なんとも不思議なものだ。
奈良に移住したのは、「妻の生まれ故郷が奈良だったから」に過ぎない。奈良という土地が醸す、おっとりと鄙びた古都らしい風情に憧れはあったが、そこまで強かったわけではない。
「まさかこんなに奈良にはまるとは!」
これが偽らざる気持ちだ。
●奈良での暮らしは「ちょうどいい」
以前にもこのあたりに書いてきたが、奈良での暮らしは、私にとってあらゆる面において“ちょうどいい”。
身の回りに伝統と文化が存在し、長く興味深い歴史が感じられる。人は多すぎず、身近に自然があり、ちょっと足を伸ばせばさらなる大自然が広がっている。必要な時には大都会・大阪へ気軽に出られる。こんな恵まれた住環境は他ではなかなか手に入らないのではないだろうか。
私が暮らす奈良県中部の自宅からは「二上山」が仰ぎ見られ、しかも気が向いたときにはすぐにそれに登ったりもできる。山頂には悲劇の皇子・大津皇子のお墓があり、大和盆地を一望することだって可能だ。その麓には古刹・當麻寺があり、古からの堂塔や仏像を大事に守り伝えている。四季折々の美しい花々だって楽しめる。
考えてみてほしい。大きな不足はあるだろうか?(※小さな不足はいくつもある)
●大和の国の振り幅の大きさに驚く
そんな私が、他者から「奈良のお勧めのスポットは?」と質問された際には、真っ先に「天理市の町並みです」と答えている。
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天理市といえば、高校野球の強豪校・天理高校が全国区だが、私は奈良に来るまでこんな宗教都市だとはまったく知らなかった。「こんな独特な街が日本に存在したのか!」と、大和の国の振り幅の大きさに衝撃を受けたものだ。
●奈良は(個人的な)新発見が続く土地
古の都・奈良での生活は、“不足しているもの”もいくつもある。
しかし、私が想像していなかったような大きな驚きや発見がいくつもあり、そんな小さな不便などを軽々と上回ってくるのだ。
道端の石碑、足元の文様、古びた建物、細い路地。
奈良で過ごす時には、周りのものにじっくりと目を向けてみてほしい。そのすべてに歴史があるのは奈良に限ったことではないが、そこに潜む歴史の長さやエピソードのディープさは、他の土地とは比較にならない。
興味を持って見つめてみれば、世の中すべての物事が興味深くなるものだ。
その対象として、ぜひ「奈良」を選んでみてほしい。見るもの・知ることのすべてが興味深く、十年以上ずっと(個人的な)新発見の連続だ。自分自身は「あと30年くらいは生きるだろうな」と予想しているが、間違いなく30年後も奈良を新発見し続けていると思う。
私にとっての奈良は、“永遠に楽しめる箱庭”なのかもしれない。