後輩がくれた、予想外のたった一言。
「部活を引退した日の事、今でも覚えてる?」
「んー?もうだいぶ昔だね。覚えてるけど。」
「私、今でもあの時、後輩がくれた言葉を思い出すんだよね。」
***
「お前はなんでもかんでも正直すぎるんだよ。少しは、言わないことを学んだ方がいい。全員がお前みたいに強くないし、正しいことだけが正義じゃない。」
軽音楽部の同期は、彼女にそう告げた。
普段は、能天気で少し抜けていて、ムードメーカー。だけど、まっすぐで、嘘も苦手で、相手のためなら、と思ったことは迷わずに伝える性格だった。
良くも悪くも、それが彼女の性格だった。彼女のことをすごく好く人もいれば、彼女と仲良くなれない人も中にはいた。
軽音楽部で幹部を務めていた正義感もあったんだと思う。周りにどう思われていても、彼女は自分の芯をぶらさなかった。
それでも、弱い自分を隠すために、能天気に振る舞っている場面も少なくなかった。本当に抜けている部分もあったが。
***
「ほら、私って昔からこういうとこあるじゃん?」
「最初ちょっととっつきにくかったもん。性格は今でも変わってないね。しっかりしてるのになんか抜けてるところが。」
「それ、褒めてるのか、けなしてるのかわかんないんだけど。」
***
部活しかしていなかった毎日があと数時間で終わる。引退ライブの日。
トップバッターは後輩から始まる。後輩は、彼女がよくライブで演奏していたサンボマスターを演奏した。
後輩の思いやりと、懐かしさで、彼女は笑顔で涙を流した。
先輩の演奏、自分の演奏、もちろん同期の演奏でも。
ライブ中ほとんどずっと泣いていた。
これだけ涙を流すことができるのは、それだけ彼女が真剣に部活に打ち込んで、周囲と対峙していたから流せた涙だったと思う。
***
「私、引退の日が今までの人生で一番泣いたと思う。笑」
「さすがに俺も少し泣いたもん。」
「後輩のサンボマスターは、ずるすぎたよね。」
***
引退ライブが終了して、打ち上げ会場に移った。
打ち上げが始まってしばらくすると
後輩がいきなり
「僕たちから見せたいものがあります。」
と、会場のスクリーンに映像を投影した。
そこには、後輩から引退する先輩へ向けた動画が投影された。
後輩たちがみんなで作ったんだろう。
SUPER BEAVERのありがとうと共に映像は進んだ。
動画の終盤、ありがとうの歌詞に合わせて、引退する同期の写真と共に一人ひとりに「〇〇くれてをありがとう」というメッセージが表示されていく。
笑わせてくれてありがとう
気にかけてくれてありがとう
誘ってくれてありがとう
入部してくれてありがとう
優しさをくれてありがとう
引き受けてくれてありがとう
約束をくれてありがとう
引き受けてくれてありがとう
遊んでくれてありがとう
叶えてくれてありがとう
先輩をくれてありがとう
幸せをくれてありがとう
目標をくれてありがとう
思い出をくれてありがとう
居場所をくれてありがとう
大切をくれてありがとう
そこには彼女含め、引退をする全員へのありがとうが詰まっていた。
「えー!私なんだろう?「癒しをくれてありがとう」とかかな?」
そんなことを彼女が笑顔で話していた。
彼女の番になり、
彼女の写真と共に映像には
本音をくれてありがとう
彼女は予想外のことばに声にならない涙を流していた。
彼女と仲のいい後輩が、大笑いしながら彼女の背中をさすっていた。
彼女の想いはきっと、後輩にしっかり届いていたんだと思う。
どう思われても、一番大切なもののために、真正面から向き合って、折れても伝え続けた。
「僕ら、ちゃんとわかってますから。」
「本音で伝えてよかった。」
しっかりと受け止めてくれる後輩を持った彼女は本当に幸せ者だと思う。
彼女は、2次会でもずっと泣いていた。
***
「めっちゃ泣いたあれは。後輩って本当に先輩のことよく見てるよね。」
「働き出した今でも、当時とスタンスが変わらないのはそのことばのせい?」
「せい、じゃなくて、おかげね。笑」
***
社会に出ると、学生の時に比べて言いづらいことが増えてくる。それでも彼女は部活を引退し、大学を卒業し、働き出した今でも、何事にも全力で本音でぶつかっていると思う。
きっとあの時のことばが無かったら、臆病になって伝えることを諦める人になっていたかもしれない。
あの時のことばがあるから、本音で思っていることを素直に伝えることがどれだけ大切で意味があって、怖がってはいけないという、ことばの本当の意味を知ることができたんだんだと思う。
いつまでも、このことばを大切にしてほしいと、心から思った。
大切なことばをくれてありがとう。
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