スターチスの花に水をまく/24:額縁
「……」
俺の住まう王宮の奥。俺と父の私室の間の通路には一枚の肖像画がかけられている。それは俺が幼いころに病で亡くなった母上のものだ。おぼろげに覚えている母の顔はこの絵の影響をもろに受けていて、絵と違う角度の顔はもはやわからない。
母上を亡くした当時のこともかなりおぼろげで、でも父上がやつれながらも必死にそれまで通りの仕事を続けつつ、俺が落ち込まないようにとお気に入りの絵本を繰り返し寝る前に呼んでくれたことは覚えている。だからこそ、そんな父上にわがままを言えなかった。
『ねえパパ。ママは?』
『遠くへ行ってしまったんだ』
『帰ってこないの?』
『一度行ってしまったら帰ってこれないんだよ。でもいつかパパもエロワも会いに行ける。だからそれまでは2人でいよう。ママに話したいことをたくさん用意しておくといい』
そうして数年経ったころに王宮に召し抱えの魔法使いとしてアデールがやってきた。最初はもしや新しい母上になるのではないかと敵意を向けたりもしたが、そういう気配はなかった。今でも父上とアデールはごく普通の友人かのようにふるまっている。
「エロワ」
「父上」
呼ばれて振り向くと今日の仕事を終えたらしい父上がこちらに向かって歩いてきた。その姿がやけに小さく見える。
「お前のママは美人だろう。私の嫁さんだからな」
「自慢かよ。できれば生きている実物を見たかったな。父上と同じように歳を重ねているんだろうけどさ」
そういうと父上は目を細める。
「そうだなあ。私も彼女と並んで歳を重ねたかった。それができないなら生きていても仕方ないと思ったんだ。でもお前を残していくわけにもいかないし。気づいたらこの歳だ」
「母上がいなくて寂しいなあ」
「そうだな。寂しい。とても寂しい。だからこそ、そういう思いをする人を減らしたかったんだ」
「?」
なんの話だろう。夫を亡くしたアデールを引き取ったことだろうか。
「お前は、なぜアデール殿を私が召し抱えたか知っているかい?」
「知らない」
「お前の母上の死因は病気だ。それは知っているね。その病というのが当時の流行り病でな。治療法が確立されておらず、しかし魔法使いだけはその病を治すことができたんだ」
それは知らなかった。でもアデールが来るまではこの国には公に認められた魔法使いはいなかったはずだ。
「そういうことだ。彼女の病を治せるのが魔法使いだけだと知った時にはもう手遅れだった。だからねエロワ。もうそんな思いをする人がいないような国にしたいと思ったんだよ」
「それでアデールを?」
「ああ。しかし国に数人しか存在しない魔法使いではとてもとても手が足りない。だから技術と学問の塔の地下を作った。そして私の思想に賛同してくれたアデール、ガスパルらに協力を仰いで魔法ではなく技術として市民に普及できるよう技術開発ができるような環境を作った。最初はもちろん難航したさ。それでも成果は徐々に上がりつつある。技術省の発見や意見を他の省庁が受け入れてくれるようになってきたおかげで、基本的な衛生概念を市民に流布することができた。薬草の知識や医療に関する知識だって彼女が死んだ頃よりもずっと国民に広まっている。そうやって国全体の知力を底上げしすることで、悲しむ人を減らしたいと思ったんだよ」
そんなことを考えていたのか。そんなことを父上は一人で考え、仲間を増やし、推し進めてきた。そしてこの国は発展を続けている。国を治めるとはそういうことなのだと改めて思い知らされる。
「……父上は、確かにオウサマなんだな」
「なにを今更」
そう父は笑った。母上はそんな額縁の中でずっとそんな父上を見守っていたのだろう。俺はそこまでたどり着けるのだろうか。愛するものを喪い、それでも突き進むことが、できるのだろうか。
彼女と、ヴェロニクと話をしたいと思った。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?