スターチスの花に水をまく/29:白昼夢
夢を見た。懐かしい人がこちらに向かって笑顔で手を振っていた。あれはいつのことだったろうか。
「アデール、おはよう」
「おはよう、アルテュール。今朝も早いのね」
「君と一秒でも長く過ごしたかったから、早起きしてたんだよ」
そう言って私の亡夫アルテュールはほほ笑む。私も微笑んで返事をする。
「そうだったのね。そのおかげで私は未だにとても早起きなのよ。でもこれからの時期は寒いから、もう早起きは難しいかもしれないけど」
「アデールは寒いのが苦手だもんな。でもきっとヴェロニクが起こしてくれるんだろう?」
「そうね。あの子、起こすときに容赦がないのよ。起きろって掛布団はがされてるわ」
そう言うとアルテュールは声を上げて笑った。そして嬉しそうな顔をする。アデールが"お母さん"をしているのが嬉しいのだと。自分との間に子ができなかったから、と。
「私は自分がちゃんとお母さんやれてるだなんて思っていないわ。あの子は私の子ではなく、あの子の両親の子だもの。けど今は私の家族だからそういう風に接しているだけよ」
「アデールらしいよ」
そうだろうか。あの子がロンが私に求めているものを私はきちんと提供できているだろうか。アルテュールが死んで、その先の自分の人生は余生に過ぎないと思っていて、そのように生きてきたから、今更それを生き生きと生きることができているかどうかは自分ではわからない。それでもロンが元気に笑っていてくれるならいいと思う。
「ロンは私といて嫌なことはないかしら」
「たぶん大丈夫。心配なら本人に聞くといい。ちゃんと言ってくれる子なんだろう?」
「そうなのだけどね。でもそうね。気になることは口にしてちゃんと話さないと」
「アデールが元気そうで安心したよ」
アルテュールは息を吐いた。
「俺が死んですぐは泣き暮らしていたし、その後もずっとふさいでいたようだったから」
「そう見えたかしら」
「ああ。でもヴェロニクを引き取って明るくなってくれて嬉しいよ。隣で支えることはできないけれど、君が笑顔でいてくれると元気が出るんだ」
いつか言われたことを、また聞くとは思わなかった。以前だったら泣き崩れてしまったかもしれないけど不思議と笑顔を返すことができた。
「ありがとうアルテュール。私はまだ大丈夫そうよ」
「うん。頑張って」
そして目が覚める。
「アデール! そんなところで寝たら風邪ひくぞ!」
ロンがプリプリ怒りながらブランケットを持ってきてくれた。お礼を言って受け取ると今度はお茶も入れてきてくれる。
気の使い方がアルテュールみたいだなと思って、少し目元が潤んだ。
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